2011年2月15日火曜日

文化と会話スタイル 多文化社会・オーストラリアに見る異文化間コミュニケーション

文化と会話スタイル―多文化社会・オーストラリアに見る異文化間コミュニケーション (言語学翻訳叢書)



○○語の「謝罪」「断り」という捉え方と、それを教えることによってステレオタイプを強化してしまうことの折り合いをどうつけようか、と悩んでいたところに、運良く手にしたのがこの本である。

〈序章より〉
本書で主張するのは、英語の授業においては、異なった言語には異なった文化的価値観が内在していること、その価値観は言語を形作り、言語に意味をもたせ、コミュニケーション・スタイルを含めたさまざまな行動に影響を与えるものであることを明確に学習者に伝えなければならないということである。(p.4)

〈第3章より〉
文化的価値観は絶えず変化しているので、このようなつかみどころのない概念を枠組に当てはめたり、もそのさしの上に並べたりすることにはたしかに問題や危険がある。研究の検知からは、文化をそれぞれ別々に研究して説明するのが理想的であるのだが、語学の授業や異文化トレーニングで、民族中心主義的考えを減らし異文化に関する知識やスキル獲得を目的とする場合、そのような知識は百科事典のような膨大な情報になりすぎて実用には向かないし、使い勝手も悪い。実用目的には、他の人の行動や伝達の意図を解釈する何か大きな枠組が必要なのである。人々が他の人の文化的価値観を知らないと、自分たちの価値観に従って他の人の態度や話し方を評価してしまい、意図しない誤解や敵対心が生まれる可能性もある。大きな枠組があれば、マクロレベルの枠組でとらえた価値観をミクロレベルの実際のことばのやりとりに応用することができる。(p.26)
〈第9章より〉
…、英語教師が学習者に英語母語話者が好むコミュニケーション・スタイルを教え練習させる目的は、英語母語話者モデルの押しつけではなく、学習者が必要に応じて、英語母語話者式のコミュニケーションをしたいと自分で判断した時に、それができるような能力をつけてやるところにある。さらにそれは教師自身もまず異文化間コミュニケーション能力を学び、練習擦る必要があることを意味する。(p.228)

同化か否かという問題は、異文化間コミュニケーションのスキルを教えることよりもっと根本的なものであり、教師のジレンマに答えを出すのは難しい。英語文化のコミュニケーション能力を教えるということの究極の目的は、社会で優勢の基準に押し込めることではなく、第二言語および二分化併用を促進することであり、その学習は減算でなく加算でなければならない。学習者は、母語式か英語式か、どちらのコミュニケーション・スタイルをとるか自ら選択できるように、知識とスキルを与えられなければならないということである。(p.236)

この本の中のデータは、オーストラリアで第二言語としての英語コースを履修している非英語母語話者と英語母語話者による会話データである。この英語コースでは、異文化間コミュニケーションやオーストラリの職場や大学で好まれるコミュニケーションのタイプについても扱っている。
会話データから、会話で表れている会話参加者のそれぞれの文化的価値観、会話の展開方法、ターン・テイキングが詳細に解説されている。さらに、異文化間コミュニケーショントレーニングの資料があり、具体的にどうしていくのか、という方法が示されている。

会話データの中の会話例を違和感なく読み進めたあとで、これは「最初に話題の背景を述べ後になって結論を述べる」という話し方のスタイルであり、わかりづらいと思われたり、ポイントがなく最後まで話をさせてもらえない可能性がある、という解説があった。違和感なく読み進めていた私は、なるほど無意識にこういう話の展開のさせ方をしていたのだと納得した。

最後の補遺の異文化間コミュニケーショントレーニングの資料は、当然、オーストラリアの英語圏を前提にしているので、それを私の生活圏の文脈にそのまま持ち込むことはできない。しかし、こういうことをやっていきたいと思っていたし、日本語教育関係でもこういうものがないのだろうか、なければ作っていかなければいけないと思った。


ひつじ書房のこの種の本を読んだことのある人には、装幀からすぐわかるように、この本は言語学研究の翻訳物である。
実は、この本を読み始めた時に同僚に「面白いよ」と見せたら、「え、それって…」と彼女の本棚の中から数冊このシリーズの本を取出し、「院生時代にこのシリーズの本を何冊も読まされ、読みにくくて苦しんだ…」と、ちょっとした拒否反応を示していた。私もそんなに翻訳の研究書を読むのは好きなほうではないが、この本は苦もなく、むしろ逆にぐいぐい引き込まれるように読んでいった。もし、同僚以外にも装幀を見てこの本を手に取ることを躊躇している人がいるなら、是非一度開いて見ることを勧めたい。

0 件のコメント:

コメントを投稿