2011年7月30日土曜日

中国語のPodcastレビュー その1

中国語のPodcast(音声)をiPodに入れて、車の中で聞くのが最近の習慣。このPodcast、いろいろ試しているのだが、今までさがして聞いてみたものについて、感想と覚書を書いてみたい。(私が聞いているのは、日本語が入っているものはなく、説明も中国語か英語のもの。)

私は車の中で運転しながら聞いている。Podcastの中にはPDFでテキストファイルを配布しているものもあるが、そういうものは私は全く利用していない。なので、Podcastの作り手が意図した学習方法と違う場合もあるから、以下の私の感想は、「ながらで聞いた場合の…」という条件付きだ。PCに向かってテキストも見ながら、というのであれば、また別の感想も出てくるだろう。

もう一つ私の聞き方だが、iPodでいろいろなPodcastを一つのプレイリストにして、シャッフルして聞いている。制作側が流した順番に聞いているわけでもない。ずいぶん勝手な学習者の勝手な感想である。

1、 ChinesePod
一番最初に聞いたPodcastで、最初のが私のPodcastの基本になっているからかもしれないが、一番好きなもの。私が見つけたのはもう数年以上も前で、その頃は音声は無料で聞くことができたのだが、今は残念ながら有料になっている。私は、「これから有料になります」というアナウンスを受けた後で、その時にあったものは全てダウンロードし、聞いていた。今は、各レベルのサンプル1エピソードのみ聞けるようだ。
前に、このChinesePodのあるエピソードについて話題にしたが(ChinesePod 上司が部下に注意するとき)、今、ホームページをみたら、サンプルがそのエピソードだった。

ChinesePodは5つのレベルに分かれていて、私が聞いたのは「Intermediate」と「Upper Intermediate」。この2つはどちらも、JennyとJohnの二人による進行。Jennyは女性で中国語ネイティブ、Johnは男性で中国語学習者という役割。最初に短く、その日の会話についての紹介があり、次がモデル会話。その後、モデル会話について解説をし、最後にもう一度モデル会話が流される。
ChinesePodですごいと思うのは、レベルごとの内容設定の的確さだ。私にとっては、Intermediateはほぼ知っている単語や表現で構成されており、わからないものはいくつか。そしてそのいくつかは解説で必ず取り上げてくれる。Upper Intermediateになると、流して聞くのはずいぶん辛くなりわからない部分も増える。IntermediateとUpper Intermediateで、聞いていると差がはっきりしている。これは、教材としてはしごくあたり前で、そうであるべきなのだが、実は他のものを聞いていると実体はそうではないことが多い。解説してほしいものには解説がなく、もう知っているものに長々解説があったりする。それをきちっとしているところがすごいと思わせる。
また、解説の仕方だが、JennyとJohnの二人で普通に会話しているように自然に解説が入っている。英語と中国語を交えた解説なのだが、言語の切替もとても自然だ。Intermediateでは英語の解説が多く、Upper Intermediateになると中国語が基本で英語は補助的に入っている。二人の役割だが、Johnは学習者の立場から質問し、それにJennyが答える。Johnの質問も似たような単語の意味との違いを聞いたり、発音が全く同じ単語を取り上げたりと学習者のツボをおさえてくれている。PDFでテキストも見られるようだが、それを見なくても音声だけで理解できるようになっている。
有料になってしまったのは残念だが、ここまでの質のものを無料で提供してほしいというのは学習者としてわがままかなとも思う。では、私はお金を払ってこれを聞くかというと、今のところは中国語圏にいるので思わない。でも、将来、中国語圏にいずに学習を続けたいと思ったら迷わずこれを選ぶと思う。

2、 visualmandarin
ダウンロードしたChinesePodの音声が残り少なくなってきて、他のポッドキャストをさがし、見つけたのがこれ。結論から言うと、これは好きではなく、途中で聞くのをやめた。

visualmandarinはレベルは4つに分かれていて、聞いてみたのはIntermediateとAdvanced。(途中で聞くのをやめたので、私が聞いたのは、初期に作られた音声のみ。なので、今はもしかしたら改善されているかもしれない。)
IntermediateとAdvancedの両方に共通しているのだが、音声に妙なエコーがかかっている。これがとても聞きづらい。とくに私は車の中で、それもボロ車の高速運転中に聞いているので、音声はほぼ最大にしないと聞こえない。そこにエコーがかかっている音声だととても聞きづらいのだ。

Intermediateについて。AliceとTheresaの2人で進行している。Aliceは「我是你們的中文老師、Alice」と言っていて、先生役。Theresaは英語で解説を加えるという役回り。
番組構成は、最初にその日のトピックに関する二人の会話があり、次にモデル会話。その後、二人の解説になっている。(ChinesePodと似た構成。)解説では、モデル会話の中の文型をあげ、その文型についての解説や文型を使った他の例文が紹介される。私にとっては、とりあげている文型よりも、Aliceが話す中国語のほうがわかりにくいところがあると思ったり、Theresaが英語で話す部分が、そんなことは中国語で言われてもわかるから中国語で話してほしいと感じるところがある。また、Aliceの中国語の部分とTheresaの英語の部分が、それぞれ長すぎて、わからなかったらわからないまま進んでしまう時間が長過ぎる気がする。もう一つの部分を短めに話して、AliceとTheresaが頻繁に交互に話すようにしてほしいと思う。

次は、Advanced。Advancedには、2人の会話で進行させていくもの、ストーリーの朗読、ニュースの紹介がある。2人の会話で進行させていくものは、進行役はリーシャンとツォンツォン(に聞こえる)。名前が英語名ではないことからもわかるように、Advancedは中国語のみ。2人であるトピックについて話す。リーシャンは自分のことを「老朋友」と言っていて、ここでは学習向けの教材という形式はとっていない。
Advancedは私には難しかった。visualmandarinは、Intermediateの次がAdvancedなのだが、差が非常に大きく感じた。ストーリーの朗読は全くと言っていいほどついていけなかった。よかったのはニュース。3、4分で3つほどのニュースを紹介している。Advancedは、また時間をおいて聞いてみようと思うかも知れない。

トップページではemailを登録するようになっているが、私は登録せずに、音声のみをダウンロードした。emailの登録画面を無視して、Learning Center→Videos&Podcasts→レベルを選んでいけば、そのレベルのPodcastが出てくる。

3、Mandarin Chinese Lessons with Serge Melnyk
上記のリンクはホームページだが、私はiTunesでPodcastに登録している。上記のホームページからはPodcastへの登録リンクが見当たらない。
これも結構前に見つけていたのだが、最初一度聞いて面白くないと思いあまり聞かず、Podcastの更新もやめていた。でもある時聞き直してみて、シャドーイングにぴったりではないか、と思った。
このPodcastはSergeという男性が英語をベースにレッスンを構成している。レベル別はなく、1からの通し番号がついていて、現在は226まである。数字が大きくなるにつれ難易度が増していく。
番組の構成は、最初に英語でトピックについて説明があり、次がモデル会話。モデル会話のあとに、語句や文型について、Sergeが英語で解説していく。解説というより、英語で翻訳するというシンプルな形だ。取り上げた語句や文型はSerge以外に女性の声でも繰り返される。文型を使った例文も英語での翻訳や女性の声での繰り返しがある。
このSergeと女性の発音がものすごくはっきりしている。私は自分が発音するのも聞き取りも苦手で、有気音と無気音の違い、nとngの違いも全くだめなのだが、この二人の発音ははっきりしていて、「あ、この音は有気音なんだ」と気がついたことがある。例文も適度な長さで、話す速度も学習者用の速さなので、聞きながらシャドーイングがしやすいように思う。
最後にもう一度モデル会話が流される。 今聞き直して見て気がついたが、最後のモデル会話の前に、「もう一度モデル会話を聞きます。それぞれの文をリピートしてみてください。」と言っているので(ChinesePodでは最後のモデル会話の前に「もう一度聞いてみましょう」としか言っていない)、やはりこれは「聞く→リピート」という練習用に作ってあるのだなと思う。


上記の他には以下のものも私のiPodの中に入っている。これらについてはまた後日書いてみたい。

CSLPod

targetchinese

iMandarinPod

2011年7月23日土曜日

謝罪の決まり文句?「不是故意的」[中国語]

ずっと以前に、学生に言われてちょっとカチンと来てしまった言葉。

「不是故意的」

その時の詳しいやりとりはよく覚えてはいないが、学生が何かやらなければいけないことを忘れたというような、私が学生を叱っている状況だったように思う。

この「不是故意的」。日本語にすると「わざとじゃないんです。」になるだろうか。とにかくその時は、自分の中でそう翻訳して理解していた。そして「わざとじゃないなんてアッタリマエでしょう!!!」とカチン。学生にもそのままカチンと来た気持ちをぶつけてしまった記憶がある。

それからずっと経ってから、全く違う大学の「コミュニケーション概論」という授業で、謝る時の会話を書いてもらった(中国語で)時のこと。
ありました、この「不是故意的」。学生が書いた会話は、この「不是故意的」があっても相手に怒られることなく展開していた。書いた学生に「この言い方って普通にする?問題はない?」と聞いてみたところ、聞かれた学生は意味がわからず、一瞬きょとんとした様子。別に問題はないということだった。

乱暴にまとめてしまうが、日本語会話での「わざとじゃないんです」は、自分には非はない、そして、叱られていることが納得できない、というニュアンスを含んでいるように思う。でも、「不是故意的」にはそのような相手に反論したいニュアンスはないのではないか、とその時に思った。

職場で「台湾人は言い訳が多い」と言われることがあるが、この言い方もそう思わせてしまう一つだろうなと思う。

先学期の授業時にも、この「不是故意的」を聞いた。
その日は小テストをすることになっていたのだが、一人の学生(Mさん)が来ない。他の学生がMさんに電話をかけると「家のかぎが見つからなくて、家から出られない」とのこと。それを聞いた別の学生が
「她不是故意的。」
その学生が言いたかったことは、Mさんはサボってこないわけではない。授業に来ようとしたけれど、来られないということだった。
本人を叱っているのと多少状況は違うが、以前だったら、カチンときてしまっていたかも知れないと思う。聞いたとたんに「お、出た出た」と心の中で思い笑っていた。

この「不是故意的」。状況を考えて日本語に置き換えるとすれば「すみません、うっかりしていました。」だろうか。少なくとも、聞いた時にそう頭の中で翻訳すれば、カチンと来ることもないだろう。

2011年7月21日木曜日

研究会参加メモ 【アニメで日本語】 「第20回小出記念日本語教育研究会」

研究会に行ってからだいぶ日が経ってしまったが、前半の講演に続いて(【学習ゲーム】のエントリー)聞きに行ったパネルディスカッションについてメモしておきたい。

このパネルディスカッション、以前からアニメの活用について発表している矢崎満夫氏の手法「アニメで日本語」を取り入れた日本語学校での実践についてを紹介していた。

ここで語られていた「アニメで日本語」のポイントは、

アニメを学習事項のインプットに使うのではない。

学習事項のインプットに使うとは、例えば、「もののけ姫」の冒頭部分の映像を見て「あ、命令形が多い、これ使えるな」と思ったこととか、アニメではないがドラマで謝罪の例などを取り上げたような使い方だろう。

では、どういう使い方なのかと言うと、

みんなでアニメを見る「共通体験」をもとに、日本語によるコミュニケーション活動を行う。

このコミュニケーション活動については、ティーチング・ストラテジーとして、様々な活動例がある。研究会当日は、このティーチング・ストラテジーがプリントで配布された。(これは、矢崎氏の論文(2009、2010)にも紹介されており、2009の論文はネットで見ることができる。)

アニメを素材とした日本語学習活動『アニメで日本語』の開発―「アニマシオン」のティーチング・ストラテジーに着目して

発表の中で、人気がある活動(ティーチング・ストラテジー)だと言っていたのが「登場人物にインタビュー!」という活動。学生たちが登場人物が記者会見をするという設定にし、学生たちが登場人物役と記者役にわかれて質問のやりとりをする活動である。実際に活動を行っている映像も紹介されたが、登場人物役は、アニメの画像で作ったお面のようなものをつけ、役になりきって質問に答えるというものだ。

私が全体の発表を通して思ったのは、みんなでアニメを見て「共通のネタ」を持つことがポイントなのではないか、ということだ。プリントの中で紹介されていた「あなたはだれ?」という活動(論文では矢崎2010)

 教員がある登場人物役になり、カーテン等で顔が見えないようにして生徒の前に立つ。生徒はいろいろな質問をしながら、それがどの登場人物かを当てる。(例:生徒1「何歳ですか?」教師「18歳です。」生徒2「髪の毛の色は何ですか?」教師「白です」生徒3「あなたは○○ですか?」教師「はい、わたしは○○です」)

これは、アニメを見ないでも、有名人等の写真等を用意して、質問しながら当てるという活動はよくあるものだと思う。しかし、こういう活動で、誰をネタに使おうかと考えた時、みんながよく知っている人をさがすのは案外大変だし、バリエーションが限られてくる。それが、アニメを見た後だとみんなの共通認識ができるのでやりやすくなる。
実際の授業では毎回30分アニメを見て活動をしているということだったが、共通のネタづくりのために、授業時間の30分をさくかどうかというのは、考えがわかれるところだと思うが。

発表の時に、実際に授業を担当した小林氏と村松氏がしきりと「準備が大変だった」と言っていたが、質疑応答で「具体的に何が一番大変だったか」の質問への回答は「例えば、『登場人物にインタビュー!』では、小道具でアニメのキャラクターの正面の顔を大きくしたものを作るが、それを作るのが大変だった」と言っていた。動画の中から、うまく正面を大写しにしているものをさがしだし、それを画像化し、印刷するというのは、確かに地道でてまがかかることだろう。ただ、大変なところがこのような技術的なところであるなら、なんとかなるのではないかとも思えた。(私としては、視聴した部分と活動のマッチングに頭をひねらせる、のような考える部分が大変なのかと予想していた。)

研究会の後の懇親会で、他の先生と話をしていた時に「アニメじゃなくてドラマではだめなのか」という話をした。今考えると、「登場人物にインタビュー」のような架空のことをするのには、現実的に見えるドラマより、アニメのほうが架空の世界に無理なく入っていけるので活動もやりやすいのではないかと思う。

2011年7月16日土曜日

「そうなんですね」というあいづち その2

 前に 「そうなんですね」というあいづち についての違和感を書いたが、最近、NHKの女性アナウンサーが使っているのを何度か見た。

私が見たのは、記憶にあるのでも3回。1回目は誰だか忘れてしまった。2回目は、「あさイチ」のアナウンサー。3回目は、以前この「あさイチ」の時間帯に放映していた番組に出ていたアナウンサーだ。

前のエントリーで、店員教育で「そうなんですね」と言うように指導されたというものを紹介したが、NHKも「そうなんですね」とあいづちをうつように指導しているのだろうか。

記憶が正しければ、私は、このアナウンサーと同年代である。たぶん、ずっと前から「そうなんですね」とあいづちをうっていたのではないだろう。

NHKのアナウンサーでも使っているのだから…という考え方は、短絡的かもしれないが、しかし、もうこれは違和感を感じているなどと言っている場合ではないと思うようになった。(こんな記事を書いている場合ではないのかも。)聞いて、慣れていかなければいけないし、自分も使えなければいけないのかもしれない。

2011年7月13日水曜日

苦情を言う[中国語]

少し前のことになるが、中国語でクレームのメールを書いた。毎年、税金申告の時期になると、出版社から個人情報の確認のメールが来るのだが、今回来たメールの中に、私のものではない個人情報が含まれていたからだ。つまり、知らない人の氏名、生年月日、住所、パスポート番号、居留証の番号が、私のメールの中に書かれてあった。
メールは、たぶん、自動的に作成されたのだと思う。全体の書き方、書かれている内容は同じで、個人情報の部分のみ、違うものだった。私宛のメールの下の方を見ると、その別の人に宛てたメールを見ることができてしまった。
他の人の個人情報を見てしまったのは別段問題はないが、自分の個人情報ももしかして他人に見られているのではないかという不安を覚えた。
台湾では一人一人が身分証を持っていて、その身分証の番号は様々な認証に使われ、他人に気軽に教えられるものでは決してない。外国人は身分証の番号はないが、外国人用の居留証に「統一番号」というものががあり、それが使われたり、パスポート番号が使われることもある。つまり、居留証の番号やパスポート番号は、身分証の番号と同じなのだ。人にむやみに知らせていいものではない。
どうしようかと迷った結果、個人情報確認のメールに返信する際に、クレームを書くことにした。
書くことにしたはいいが、どう書いていいのか、さんざん悩んだ。私の中国語能力が限られていることが第一の問題。第二の問題として、私が個人的に不利益をこうむったわけではないので、あからさまに文句を言うのもおかしい。いわゆる「やんわり」と苦情を言うのはどうしたらいいのかと考えたあげく、書いた内容は、
今回のメールの中に、他の人の資料があったが、今後は他の人の資料は見たくないので、削除してから送ってもらえますか?
のような文面。(拙い文章になってしまったので、原文は恥ずかしくて載せられない。)
いいのか悪いのかわからないが、とにかく送信ボタンを押し、苦情メール終了。
この件について、いつものW先生に話をした。私の送ったメールの内容はこれでよかったのか。こういう時にどう書けばいいのかを聞いた。
W先生からの指摘。
1,主旨は自分の個人情報を他人に漏らさないでほしいということだが、それを「他人の情報を見たくない」という言い方で、果たして伝わるか疑問。
2,「見たくない」という言い方はちょっときつい。(「不要~」という言い方は相当きついらしい。)
W先生に考えてもらったこの件についての苦情の言い回し。
このメールに主旨とは無関係の内容が含まれていた。個人情報の取扱には注意してほしい。
「注意してほしい」の部分の言い方は、私が普段使わない言い方だったのだが、うっかりメモするのを忘れてしまった。次回、確認しておこう。

ちなみに、私のメールへの出版社からの返信は

謝謝老師回覆下次我會注意
という簡単なもの。私の言い方がまずくて相手がカチンと来たのか、なんなのかはよくわからない。


余談だが、外国語学習の動機付けについて、「苦情を言いたい」というのは、高い動機付けになると前から思っている。よく、「やりたいこと」のような前向きな明るい動機付けを言われるが、実は「やりたいこと」のようなものは、「また今度でいいかな」でも、結構すませてしまうことができる。(タイミングを逃すと困るということもないことはないが。)しかし、苦情は、「また今度でいいかな」ができないことが多い。その時、その場で、というのが非常に大事だと思う。
でも、苦情が高い動機付けになる、というのは、もしかして私がそういう性格だからなのかも???



2011年7月2日土曜日

研究会参加メモ 【学習ゲーム】 「第20回小出記念日本語教育研究会」

実家の近くの柔道場の外にある掲示板を偶然見て、ちょうど行ける日だったので、行ってみた研究会。

講演① 「伝えるから、伝え合うへ」 池田修先生
元、中学校の国語教師の先生。
「国語科を実技教科にしたい」と考えて、いろいろと取り組まれた実践例を聞くことができた。

印象に残ったことをいくつかメモ。

○「学習ゲーム」とは「ゲームの中に学習すべき項目が含まれるもの」。例えば、サッカーをする時に「二頭筋を鍛えよう、鍛えよう」と思ってサッカーをしているわけではないが、結果としてサッカーをすると二頭筋が鍛えられる。そういうこと。

○学校教育の特質は「集団で学べる」、「継続して学べる」。
集団のほうはよく言われていることだと思うが、継続のほうは、確かにと思った。半年あるいは1年のスパンで考えられる。今回の授業には来たが、次回の授業に来るかどうかわからない、という地球村のような形態とは違うということだ。学校教育の中で、その特質を意識してきちんと利用していきたいと思った。

○学習ゲーム例
・語り絵
これは今日実際にやってみた。二人組になり、一人が絵を3分間見て、それをメモし(絵を描いてはいけない)、絵を見ていないもう一人に説明して、聞いた方は絵を描くというもの。
絵を描くときは、質問してはいけない。また、描いたものを消してはいけない。
「全体から部分へ」伝えるとわかりやすい、という解説があった。
学生たちが書くものを見ると、自分はわかっているからいいが、知らない人はもう少し説明しないとわからないだろう、と思うことがよくある。この活動をすると、「自分は分かるが、見たことのない人は説明しないとわからない」、「最初にそれを言ってくれなきゃわからないよ」という感覚が実感できるとおもう。

・漢字ウォーリーをさがせ
15×15文字、漢字が書いてあって、そのなかで、二文字だけ、他の漢字と違う。その二文字を探す。例えば、「体」の中に「休」があるとか。私が使うのだったら、漢字よりもひらがなウォーリー、カタカナウォーリー、かなウォーリーになるかなと思う。フォントを変えても変化がついて面白いかも。

・諺作り
中学三年生が作った諺を見たが、なかなか面白い。また、作品を見ていると、ベースになっている諺があるもがある。例えば「人の振り見て死ぬほど笑え。」というのを見たときに、「ああ、人のふりみて我が振り直せ…だな」と思うのと思わないのでは、受け取り方も違うと思う。ただ諺を勉強するのではなくて、パロディのようなものを見せてから、もとを見せるというのも面白いかも。
諺については、私も「諺アレンジ」をしてみようと思ったことがあったが、時間がなくて結局できなかった。次回はぜひやりたいなと思う。