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2013年8月4日日曜日

職場での相手の呼び方【中国語】

 以前「相手の呼び方」の記事で、台湾の学生が知り合ってから友だちのことをどう呼ぶか、呼び方がどう変化するか、を書いた。その時から職場ではどう呼ぶのだろう?と気になっていた。私は大学で仕事をしているので、基本的に「姓+老師」「名前+老師」か、「役職名」「姓+役職名」である。でも普通の職場では役職はあるけれど、「老師」に代わるものはないから、なんて呼ぶのか興味があったのだ。
 きのう、卒業生のWさんに会ったので、気になっていた呼び方を聞いてみた。結果、いたってシンプルで
名前(呼び捨て)
ということだった。この呼び捨て、日本の呼び捨ての感覚とは本当に違う。名前というのは、姓名の名のほうだ。姓名フルネームでいうと、また感覚は違う。
また、役職がある人には
「名前+役職」
この「名前」も姓名の名のほう。私がいた大学では「姓+役職」か「フルネーム+役職」で、「名前+役職」は聞いたことがなかった。学校と会社との違いだろうか。
 その他、北部では驚いたことに
英語名
が基本らしい。台湾人がみんな英語の名前があるわけではないが、たぶん、職場で言われて適当に考える人も多いのだろう。ちなみにWさんも英語名で呼ばれているそうだ。「英語名で」というのは、中国語の名前だと外国人が言い難いかららしい。Wさんが勤めている会社には日本人スタッフもいて、彼女は通訳として仕事をしているので、彼女のことはみんな英語名で呼ぶのだそうだ。
 そう言えば、学生にも「アルバイト先ではどう呼ぶの?」と聞いたら「英語名」と答えた学生がいた。ずっと昔の大学時代、友人がイタリアンレストランでアルバイトをしていて、「☓☓ペルファボーレ」みたいにイタリア語を使わされる、というのを聞いたことがあったので、アルバイト先の「英語名」もそんな感じなのかなあと思っていた。
 でも、今回聞いたところでは、そんなコジャレた感じをねらっているのではなさそうだ。まあWさんの知っている範囲なので、全部が全部というわけではないのだろうが、「英語名」を使うのがかなり一般的ではあるのだろう。
 また、「名前+哥」「名前+姐」という言い方もある。「哥」はお兄さん、「姐」はお姉さんの意味で、年上の男性には「名前+哥」、女性には「名前+姐」ということもある。ただし、言葉のお兄さん、お姉さんとは実は違い、かなり年上の、言い換えればおじさま、おばさま方に使うようだ。Wさんがある人を「○○哥」と呼んだら「そんなに年違わないよ」と言われたので、それ以来その人は普通に名前で呼んでいると言っていた。自分のお母さんぐらいの年齢の人は○○姐と呼んでいる。

 この呼び捨て、私は心理的にどうしても抵抗があって、なかなかできない。私は学校で呼び捨てにされたことがなく、見かけた範囲でも部活の指導の先生が呼び捨てにしていることはあっても、授業では基本は「○○さん」と呼ぶところにいたので、慣れていないことも一因だと思う。Wさんに
そうですね。先生にとって、K先生を「☓☓(名前)」って呼び捨てで呼ぶのは難しいですよね。
と笑われた。難しいを通り越して、信じられない!想像できない世界!私は、自分より年上の人はもちろん、学生を呼び捨てにするのもすごく抵抗がある。なんかえらそうな、態度が横柄な、権威主義的な教師、みたいなイメージに思えてしょうがないのだ。でも、感覚が違うのだから、慣れないとなあとも思う。以前学生に中国語を教えてもらっていたとき、
 メールの名前はどうかけばいいの?「名前+同學」?
と聞いたら、
 えー、同學はやめてください。名前だけにしてください。
と言われた。
 もう一つ、これも普段気になっていたあること。事務室の助手の人からメールをもらって返信する時、私はどうしても「名前+助理」と、名前の後ろに役職をつけてしまうのだが、「これってどうなの?」とWさんに聞いたら、
なんか遠い感じですね。呼び捨てにされたほうが相手はうれしいと思いますよ。
とのことだった。呼び捨ての心理的壁を乗り越えないと…。簡単そうなのだが、難しい。ふう。

2013年7月27日土曜日

頼まれた時のNOの言い方【中国語】

 私の個人的な経験からそうじゃないかなあ、と思っていること。いやいや違うでしょ、という説明があったら聞きたい。簡単に言うと、無理なことを頼まれた時に、日本ではその場でNOという。台湾の状況ではとりあえずYESと言っておき、後でできないという。そんな感じだ。
 何かを頼まれた時に、「えー無理、無理」と思うことがあった。一度ならず、よくあった。私の日本語的な感覚だと、頼まれて「はい」と受諾したら、精一杯頼まれたことを達成しようとする。「難しいですがやってみます」的な状況でも同じ。「難しいですがやってみます」でOKした時に、もしできそうもなかったら早めにそのことを相手に伝える。「いやいやどう考えても無理でしょう」と言う時には、理由を説明し、頼まれたことにNOと言い、頼まれごとを受諾しない。
 この感覚が、仕事で中国語を使っている場合、なんか違う。今までの経験では、「えー無理」と思って事情を説明しても相手は納得してくれず、しょうがなく「難しいと思いますよ」と言って承諾し、後で「できませんでした」と言うと、あっさりと「しょうがないね」と言われる。こっちとしては、だから難しいって理由も説明したのに…、あっさりしょうがないというぐらいなら、最初にあんなに頼むな!と言いたくなる。
 ある時は「はあ?」と思うようなことを会議で上司から指示を受け、周りの同僚はその時には何も反対しなかったので、「じゃあ、やるしかないのか」とこちらは覚悟を決め、それこそ徹夜して仕事を仕上げた。でも蓋をあけてみると他の同僚は誰もやっていない。上司は「みんなが難しいというから」と指示内容を緩和し、「でもY-LABOさんはやってくれたから、これはこれで…」私の徹夜はなんだったのか…、と脱力。
 こういう経験を何度も繰り返し、とりあえずYESと言っておくのが相手に対する敬意なのではないかと考えるようになった。頼まれたことにYESと言って「あなたの気持ちを受け取りました」ということを表現する。その場でNOと言ってしまったら、相手の気持を理解しないことになるのではないか。だから、できるできないに関わらず、頼みごとにはとりあえずYESという。やるやらない、できるできないはその後の話だ。
 と考えると逆も同じ。何か頼みごとをして相手がYESと言ったからといって、必ずそれをしてくれるとは限らないということだ。相手のYESは「やりますよ」のYESではなく、「あなたの気持ちはわかりました」のYESだからだ。
 以前、日本の学生との交流活動の時のことだ。日程の最初は台北で過ごすことになっていて、それは日本側が旅行社に頼んでバスや台北でのルートなどを計画し、台湾側はそれに参加するという形式になっていた。。日本側の計画は、時間的にとても無理ではないかと思えたのでその旨伝えたが、「旅行社に話したらOKと言われましたから」と言われたのでそれ以上は何も言わなかった。でも、内心「これ、当日できませんって言われるパターンじゃないかな」と思っていたら、案の定そうだった。行程表に書かれていたようにはできないので「○○と☓☓にだけ行きます」と、当日旅行社の手配したガイドから告げられた。日本側の責任者は「OKと言ったのに…。当日、日程を変更するなんて…」とちょっと不満顔。「こういうこと、よくあるんですよ。まあこれも異文化体験ということで…」となだめることになった。
 台北でどこに行くかは大したことではないのでまだいいが、これが仕事に関わることだったら大変だろう。やると言われたことをあてにし、それに関わるその他の仕事を組んでいたら大元ができない。その他の仕事の計画も狂ってしまう。どこかで聞いたことがあるような、台湾での仕事の不満の原因はここにあるのではないかと思う。
 頭で理解しても、行動がともなうかというとそれはまた別問題だ。断ったあとになって「あ、一応OKって言っとけばよかった」と思ったことが、これまで何度もある。そうは言っても、理解していないよりはいいのだと思う。不満やストレスが少なくなるし、何回かに一回は行動も伴うようになってくる。
 頼まれたら、最初に断らない。最初に断ったらどんな断り方でも「むげに断った」ことになる。相手にOKと言われても「ああよかった」と安心せず、途中で様子をうかがってみる。私の心のなかにある頼まれごとの対処法だ。

2012年8月4日土曜日

Facebook-打卡と…

今日、卒業生数人と久しぶりに会って食事をした。その時に知った新しい中国語「打卡」。私が知っていた意味は「タイムカードを押す」。「打卡」と聞いて、「それって、タイムカードガッチャン!じゃないの?」と言ったら、学生たちに「それも同じ言葉ですけどね…」と笑われた。
Facebookで、「○○さんは、××さんと△△にいます」という機能があるが、それのことを中国語で「打卡」というそうだ。(日本語でなんというか知らなかったので、さっきスマホで見てみたら「チェックイン」。あ、そういえば、なんか見たことあるなあ。)
なぜ、そんな話題になったのかというと、学生の中の一人が最近彼女と別れた。その別れ話の中でFacebookが出てきたのだ。私にとっては「打卡」よりも衝撃的だったその学生の話。
彼女とちょっと気まずい状況になり、その後、ある時お姉さんから「あんた彼女と別れたの?」と聞かれた。本人はわかれたとは思っていなかったので「え?なんで?」と聞くと、「彼女のFacebookのステータスが「交際中」から「独身」に変わった」とのこと。あわてて、Facebookを確認。Facebookで彼女と別れたことを知った…というもの。
恐るべしFacebook!というのが今日の結論。

2012年4月8日日曜日

おしゃれのためなら鼻水も恐くない-台湾のことわざ

前に書いた(前の記事は→こちらこちら)、wwofで日本にいるAさんから教えてもらった台湾語のことわざ。
愛水不怕流鼻水 
(私が聞き取った感じだと、台湾語の発音は→アイ スイ ンギャー ラオ ピー ツイ)
 なぜこのことわざの話になったか。
 同じウーファーのドイツ人と「なんで日本の女の子はみんな短いスカートなの?」という話になったそうだ。はっきりとは言わなかったが、短いスカートが似合わない人もいるのに…と思っている感じ。
Aさん「なんでですか?」
私「なんで、は、ない。それが流行っているから。」
Aさん「冬は、寒くないんですか?」
私「寒いらしいよ。でも、我慢してるんだって。」
私は、本当に寒くないのか聞いたことがある。「寒いです」と断言していた。若くてもやはり寒いのだ。まあ、後期高齢者の私の母も「おしゃれは我慢」と言っていたから、寒いのぐらい我慢しないとおしゃれはできないのだろう。
Aさん「それって、台湾語ではこう言います。」
と言って教えてくれたのが、上に書いたことわざだ。「愛水」の「愛」は「好き」、「水」は「きれいなこと」。「水」は意味とは関係なく、発音からの当て字。「不怕」は「恐くない」。「流鼻水」は字のまま「鼻水を流す」、日本語だと「鼻水が垂れる」だろうか。

 Aさんがことわざを漢字で書いてくれたのだが「間違えてるかも知れないから、ネットで検索してください」と言われたので、検索してみた。検索トップに出てきたのが「愛水不怕流鼻水-日本妹」(「妹」は「女の子」の意味)というYouTube動画だったのがおかしかった。でも、台湾語にこのことわざがあるということは、台湾語の社会でも寒さを我慢しておしゃれする人がかなりいるということだろう。

2012年4月6日金曜日

「好人」の意味 [中国語]

教科書の形容詞が初めて出てくる課で「○○さんはいい人です」という例文があった。その文を読むと、なんとなくクラスが微妙な雰囲気。???日本語でも「いい人」は褒め言葉に聞こえない使い方をすることもあるので、何かあるのかな、と思って、学生に聞いてみた。
「いい人ってどんな人?」
すると、学生一同大笑い。??? でも、意味は教えてくれない。
「いい人は、いい意味ではないことがあるんだよね。」
また笑い。
どんな意味かしつこく聞いたら、学生が教えてくれた。
「被拒絶」
え?拒絶された人?
「告白被拒絶」
ああ、告白して拒絶された(ふられた)ってことか…。
男性にも女性にも使えるのか聞いたら、男性だけだとのこと。
「いい人いい人どうでもいい人」という言い方が、かつてあったと記憶しているが、似ているような気がする。

2011年12月27日火曜日

私のメールはとても怖かった!-語助詞重要!-[中国語レッスン]

中国語レッスン4回目で最終日。今日は「語助詞」の練習だった。
 担当教師が用意してくれたプリントに沿って説明を受ける。説明はわかるけど、使えるかなあ…という疑問が頭の中に浮かびながら、進む。そして、最後に練習問題。「また授業を欠席した学生にメールする」というもの。実際にそういうメールは書かないと思うが(私ならわざわざメールしない)、でも、似たような状況は絶対起こるだろう!と思える状況。
 まずは、内容を先に考える。これも少し時間がかかったが、なんとか考えて、とりあえずスカイプのチャットで送ってみた。それに対してもいくつかアドバイスがあって、次は、その文に「語助詞」をつけないといけない。
 用意してくれたプリントの説明と例文を見ながら、つけられるものを探していく。途中で、私が書いたどの文に「語助詞」がつけられるかを教師に確認すると、私がつけられないと思っていたものにもつけられるとのこと。あ、そうか…。結局、自力でつけられたのは一つだけ。あとは、教師に教えてもらった。やはり、理解するのと、自分で使うのとの差はまだまだ大きい…。
 でも、やっとこれで、メールの例文を手にすることができた。これは大きな成果!これとプリントとにらめっこすれば、今後、なんとかやっていけるような気がする。
 「ちなみに、語助詞を全くつけなかったメールはどんな感じ?」と聞いてみると「うーん、人によるけど…」と言われ、「じゃあ、このメール受け取ったとしたら、どんな感じがすると思う?」と聞くと「壓力很大(すっごいプレッシャー)と答えが返ってきた。

人物:王小明
事情:又再一次缺席老師的課程

王小明同學你好:
你最近還好嗎?
因為你這禮拜也沒來上課,我有一點擔心你
你下禮拜如果再缺席的話,可能你沒辦法參加考試
如果你有什麽問題的話,來辦公室找我討論
上の太字の部分が「語助詞」。これがなくても意味は相手に通じる。「語助詞」があるのとないのとでは、受ける感じが全然違うらしい。
 書き方によっては、「語助詞」がつけられないことがある。例えば最後の部分は
如果你有什麽問題,可以跟我講一下。
と書いていたのだが、どうやら「一下」だと「語助詞」がつけられないので、上記のように書き方を変える必要があった。

 この4回の中国語レッスン、私にはとても収穫が多かった。そして、たくさんプリントを用意してくれて、今後、これは私の大事な参考資料になると思う。担当教師が「とても大変だった」と言っていたけれど、本当に時間をかけて作ってくれたのだなというのがわかるものだ。
感謝!!!

2011年12月18日日曜日

「吧」の間違いに冷や汗![中国語レッスン]

中国語レッスン3回目。「語助詞」の使い方と私が書いた手紙の添削をしてもらった。
 「語助詞」語気助詞とも言うが、とにかく私はこれがメールの中で使えなくて困っていた。これがなくても意味は通じるのだが、でも、これがないとなんともぶっきらぼうな感じがするはず、とずっと思っていた。
 担当教師が、今日も丁寧なプリントを用意してくれて、それに沿って解説。意味はだいたいわかるんだけど、とは思っていたが、整理されたのを見ると、ああ、こういう時に使えばいいんだ、と改めて納得できた。

例えば、
1、「囉」→話の終わりの時につける。
これは、まったく使ったことがなかった。話の終わりというのはわかりやすいので使えると思う。
2、「呢」→質問文の時につける。
質問文でこれがないと、やはりぶっきらぼうな感じになるということだ。今まで何度やっていたことか…。

 次の「吧」の説明のところで、えっ?ちょっと待てよ。
 私はこの「吧」は、勝手に日本語の「でしょ?」のような意味合いで使っていた。でもプリントの例文を見ると、疑問文の最後にこれをつけると「不耐煩」とか「無奈」とか、とにかくあまりよくない意味合いが書いてある。担当教師に「疑問文に吧をつけるとよくない意味になるの?」と聞くと、うーんと考え、そうだ、とのこと。私がうろたえていると、「なんか例を言ってみて」と言われたので、つい最近前の学生に出したメールに使った気がしたので、その例を挙げた。私が使った例は、学生といっしょに食事する約束でいつにしようかという時に、「週末は確か(あなたは)授業があるよね」のような感じで「吧」を使ったのだ。それを聞いて担当教師「うーん、確かにそれはあんまりよくない感じになる」とのこと。
………かなりの衝撃、冷や汗……。「でしょ?」と言いたいときには「吧」ではなく「對吧」を使えばいいと教えてくれた。

 次は、手紙の添削。教師の助けを借りてなんとか書き終えることができた。この手紙では、去年中国語レッスンで習った「當」を使えることができたのは、自分としては嬉しかった。それ以外では、途中、内容が少なすぎると言われたので、いろいろ考えて書き足したものが、ほぼそのまま使えたのも「おお」という感じ。それでも、書き終わってどっと疲れた様子の私を見て、担当教師が「上達したよ」と言ってくれた言葉の嬉しかったこと。お世辞でもなぐさめでも、それでも言ってもらえると嬉しいものだ。(私は教師としてちゃんと「ほめ」ているかなと反省した。)

 来週は、最後のレッスン。私が使えない「語助詞」について、担当教師も私からのメールを何回か受け取って、そのことがわかったらしい。私がぶっきらぼうな感じがする、というのを「ああ、わかる」と言っていた。次週は「語助詞」の練習問題を用意してくれるそうだ。楽しみだ。

グーグルピンイン入力-「中英切替」と「読点入力」-

 何を触ってしまったのかわからないが、言語バーの「中」のところが「A」になったままで、押しても押しても「中」にならない。「A」は英文字入力なので、このままでは中国語入力ができない。あっちこっちさわっても、どうにもならず、結果、アンインストール、再インストール。それでもだめ。今度は、「自分の設定を残す」のチェックをはずし、もう一度アンインストール。再インストール。…………。これを3回繰り返し、はたと思いついた。もしかしてCapsLock?ピンポーン!何かの拍子にCapsLockキーを押してしまったようで、CapsLockを解除したら、無事に「中」が表示され、中国語入力ができるようになった。(今思えば、「中」のところをクリックして英文字入力した場合は「英」と表示される。「A」となった時点で、CapsLockが原因だったということか??)
 時間のかかったわりにあっけない解決であったが、途中あれこれグーグルピンイン入力をいろいろいじっている間に、わかったことがあった。
 
 普段、便利に使っているグーグルピンイン入力であるが、一つだけ不便に感じていることがあった。それは、少し前にブログにも書いたが(メールの書き方-たかが:、されど:-[中国語レッスン])「、」の入力ができないこと。中国語は「、」と「,」の二つの読点があって、これを使い分けている。普段はそんなに使うことはなく、一つですんでしまうのだが、それでもたまに使いたい状況が出てくる。

 さて、私が見つけたのは、この「、」を打つ方法。言語バーの一番右にある丸型の記号をクリックするといろいろ選ぶことができる。その中から「軟鍵盤」を選ぶと、これまた選択肢がいろいろ出てくる。どれかを押すと、キーボードが表示され、読点やら記号やら入力できる文字が出てくる。「、」を入力するためには、「標點符號」(簡体字表示なので私には少し読みづらかったが)を選ぶと、その中にある。そう言えば括弧も( )「 」以外は入力できないなあと思っていたが、それもこれで解決。
 
 その後、もう一つ。日本語入力だと、括弧は「かっこ」と入れると括弧の種類が表示されて便利だ。もしかしてと思って、ピンイン入力で「點」と入力したら、「丶」が出てきた!しかし、これが、微妙に違うように見える。フォントを大きくしてみると、やはり、微妙に違う。うーん、これはなんだろう??とりあえず、今後は、「軟鍵盤」で読点を入力することにする。

 私は台湾の注音は読めるが書けるほど覚えていなかったので、グーグルピンイン入力に出会うまでは、中国語入力にかなり苦労していた。うろ覚えの注音を使う、日本語で入力する、中国語のホームページから単語をコピーする、とにかくどれをとっても面倒なことこの上ない。そんな状態でも学生とMSNでチャットしていたこともあったのだから、今考えれば驚きだ。グーグルピンイン入力は私の中国語の世界を広げてくれた、というのは言い過ぎかもしれないが、そう言いたいぐらい影響があった。中国語入力が楽になり、まずネット検索をよくするようになった。メールも書くようになり、プリントに中国語を入力することも多くなった。
 よくここまで来たもんだな…と思った今日であった。

2011年12月11日日曜日

言語学習の「気づき」[中国語レッスン]

2回目の中国語レッスン(1回目はこちら)、引き続きメールの書き方。担当教師が用意してくれたプリントで学習した。このプリントで、たぶん、担当教師が意図していなかったと思うところが私には非常に役に立った。

プリントは、メールの構成(正しい配置)、見本例、相手の言い方や末尾の言い方の用例、それに練習問題があった。この練習問題、担当教師の意図は「相手の名前や末尾の挨拶がないことに気づく」ということだったが、最初、私は、そのことに気がつかなかった。気がつかなかったというより、なんというか、見てすぐわかることなので、そこがポイントだとは思わなかった。(こういう練習問題、私も作っちゃってるな、とその時思った。)
練習問題の文章は、正式な書き方をしておらず(問題のポイントだったところ)、さらに、本文もかなり「口語的」なものだった。練習問題の後に参考例として、同じ内容を比較的固い言い方で書いた文章が書かれていた。これが実に、わかりやすかった!

元々、私の中国語は、口語のインプットアウトプットの方が圧倒的に多い。だから、自分で何か書いていても「これって、口語的だよなあ」と思っていたことがよくある。そして、たまに、頂いたメールの中から使える表現を抜き出して使っていたのだが、「これって、文体ごちゃごちゃだろうな」とも思っていた。

プリントの中の、口語的文と固い文を比較して読みながら感じたこと。
1、あ、頭の中でこう考えた時は、こう書き言葉に直せばいいんだ。
2、あ、これ、メールでよく見る言葉。こうやって使えばいいんだ。
上記1については、本当にあたり前のことなのだが「我爸爸」が「我父親」、「你們學校」が「貴校」。どちらも、私としては理解ができているが、こうやって並べてみると、すっと頭に入って来るし、今度から、こうやって切り替えよう、と思えた。
2は、例えば「因此」「能否」。特に「因此」はメールでよく見ていた。面白いのが「因此」で、口語的な文章の中ではこれにあたる言葉が書いてない。そうか書くときはもう少しロジックを考えて接続詞を使ったほうがいいんだと思った。「能否」は、私が見るのは「可否」だが、たぶん同じようなものだろう。(確認すればよかった)例文は「能否請」になっていて、「これは請~と言いたい時に、書く時はこう書けばいいの?」と聞くと、そうだという答え。「請~」は、メールではよく使っていたので、「おお使えるぞ!」と感じた。

担当教師からの解説でわかったこと。末尾によく使われる「祝恭喜發財」などの「祝」だが、「祝」の字の後で改行し、続きは次の行に書くのが正式だそうだ。言われて少し考えたが、覚えがない。それから、「貴校」の前は二文字開けること。相手をさす尊敬語、自分をさす謙譲語の前は二文字空白部分をおくことで敬意を表す。これは見たことがある。「公文(公式文書)」で見かけたような気がするが、見た時は、変に空いているなとしか思わなかった。

プリントはその後、実際にメールを書くという練習問題が二問あった。一問目は「大学でクリスマスパーティーを開催するのでその招待状を学生宛にメールする」というもの。プリントの最初の見本例が一つは「長いこと会っていない友だちに宛てたメール」、もう一つが「大学のイベントの招待メール」で、この2つ目の例を使えばできるものだった。その場で書き、担当教師に見せる。これはまあ簡単だった。次の問題が「長いこと会っていない友だちに書くメール」で、これは見本例の1を参考にするものだと思うが、そのままだとちょっと簡単すぎるし、実際、私はたぶんそんなメールを書かない。そこで、実際にこういうメールを送る相手には誰がいるだろう…と考えて、思いついたのが、以前の職場でお世話になった先生。私からはかなり目上にあたり、「正式な文書」を書く相手だ。早速、担当教師に「メールを出す相手を変えていい?」と交渉し、交渉成立。これは次回までの宿題になった。自分としては、実際的ないい課題だと思ったが、時間をおいて考えてみると、かなりチャレンジング。でも、本当に送りたいなと思ったし(実際、大変ご無沙汰していて失礼極まりない)、是非、完成させたい。

今、実は別の授業用に第二言語習得についての話をするべく準備しているのだが、その為に何冊か本を読み返している。ちょうど「アウトプット仮説」を読んだところで
理解可能なインプットだけでは十分ではなく習得にはアウトプットも必要だと言われている。それは、アウトプットをすることにより、(1)自分が言いたいことと言えることのギャップに気づくことができ、(2)言語形式に注意を向けることができる、(後略)
このことが、とても実感できた1時間のレッスンだった。見本例もあり、個々の言い回しについても理解していたものもあり、わからなかったものは解説してもらったのだが、実際に手を動かして書いてみると、いろいろ迷うことがある。また、「招待状」についても、クリスマスパーティーはしないと思うが、例えば「研修会」などを開催してその招待状メールを送るというのは、可能性がないわけではない。「クリスマスパーティーを研修会に変えたら、ここはどう変えればいいんだろう?」など、それまで漠然と見ていたものを、もっと注意してみるようになる。(というより、この手のメールは受け取っていたのだが、今までは、書き方や言葉遣いに注意して見てこなかった。)今までも、もらったメールの中で使える言い回しには注意していたつもりだったが、でも、やはり何か心もとなかった。これから受け取る中国語メールの見方が、変わるような気がする。



2011年12月4日日曜日

メールの書き方-たかが:、されど:-[中国語レッスン]

ブログ文章作成をした中国語レッスンから1年(学習支援と自律学習[中国語レッスン])。きのうから、また中国語レッスンを始めた。今回のテーマは、メールの書き方(自分で設定)。ブログ文章作成もやりたいことではあるが、先学期から授業担当している学校で、学生や助手の人からメールが来ることがよくある。書けないことはないのだが、自分で書いていて「なんかなあ」と思うことが多く、メールが来るたびに「返事書かなきゃ」といやあな気持ちになっていたので、この気持ちを解消したいと思った。
 きのうは、レッスン第1回目。担当教師(学生)からの課題は「記号の使い方」。
 レッスン開始前に、メールを送っていたのだが、その中で私が使った記号に間違いがあり、それを直すことと、その他の記号の使い方を教えてくれた。
 私が間違えた記号というのは「;」。メールの最初に名前を書いてその後ろにつけたもので、正しくは「:」。私も気がついてはいたのだが、「ま、どっちでもいいか」という気持ちだった。私が「;」にしてしまったのは、入力で「:」をどうやって打てばいいかわからなかったからだ。
 中国語の入力には、私はグーグルのピンイン入力を使っている。見た目のキーボードと、入力し出てくるものが違うので、特に記号を打つときなどはときどきどこを打てばいいかわからない。「どっちでもよくない」ことがわかり、あれこれやったあげく、今までの「;」を打つときにShiftを押せば出てくることがわかった。
 このことで思ったことは、「どっちでもいい」「大したことない」という感覚ってあるなあということ。学生が書く作文を見ていて、読点や句点が中国語になっていることがよくある。読点や句点が中国語、というのは、「、」や「。」が下ではなく中心に打ってあるのだ。これは、フォントを日本語フォントに変えればすむことなのだが、学生はこの一手間をかけない。そしてそれは、私が「:」の打ち方がわからなくて、一手間かけなかったことと同じだ。
 台湾で、日本語が書いてあるものをよく見かけるが、そこにもこの「、」「。」が真ん中になっているものが実はよくある。これを見ると私は「なんだかなあ」と思ってしまう。文章全体がなんとなく胡散臭く見えてきてしまったりする。(心狭い!)自分が書く時も、たかが一手間をかけたほうがいいのだろう。
 きのうのレッスンでは、「;」「:」に加え、「、」「,」の違い、「;」「:」の文章中での使い方についても学習した。今まで文章を見ながらなんとなく思っていたことだが、説明してもらってすっきりした気がする。
 「、」と「,」だが、これも今使っているグーグルピンイン入力だと入力のしかたがわからない。今までは「ま、いいか」と思っていたが、これも入力のしかたをさがすか、さもなくば、コピー&ペーストで直していかないといけないと思った。昨日、少しだけさがしてみたのだが、まだ入力方法はわからない。(コピー&ペーストは面倒だからできれば避けたいなあ)

 以下、次のレッスンのためのメモ。
やりたいこと。
①自分が書いたものを見て直してもらいたい。特に、私が書くものはあっさりしすぎている気がするので(日本語メールでも、以前、父に「電報メール」と言われたことがあるが)、もう少し温かみのある書き方をするのにはどうしたらいいか。
② ①のことは、私が終助詞を使えないことが原因の一つだと自分では思っているので、終助詞の使い方を知りたい。

 去年のレッスンの時にも思ったのだが、内容的に相手に伝わるものだと、それ以上はあまりコメントがもらえない。私の学習だから要望は担当教師(学生)に伝えないと。

2011年11月15日火曜日

相手の呼び方のつづき 「親しさ」への感覚

前回、台湾の学生が仲良くなるにつれどう相手の呼び方が変わるか(相手の呼び方【中国語】)、ということについて書いた。その時の授業で聞いたもう一つ面白かったこと。

最初に名前がわからなかったときの「同學」から、次は、名前が分かって「下の名前(呼び捨て)」に変わるということを書いたが、これについてのある学生の解説。
この下の名前だけという言い方は「装親切」だ、というのである。「装親切」の「装」は「~のふりをする」という感じだろうか。「親切」は日本語の親切とは少し違い「親しい」とか「フレンドリー」という意味を持っている。(この「親切」という言葉、なかなか日本語にするのはやっかいだなと思っている。)つまり「装親切」というのは、「親しい風を装う」ということになるだろう。その学生いわく、本当に親しくなってからも、下の名前だけ、ということもある。親しくなってからは、ニックネームや、フルネームに移行する場合もある。

私が面白いと思ったのは、親しいか親しくないかではっきりとした線引きをしないようになっている、ということだ。

日本語の場合、タメ口になったり相手を呼び捨てにしたり、というのは、「上から下」か或いは相当親しいという意味を持つ(と思う)。親しくない相手に、タメ口・呼び捨てを使うと失礼な感じを受ける。親しい間柄かどうか、親しいかそうでないかに大きく線が引かれている。

これも私の勝手な思い込みかも知れないし、少し乱暴なまとめ方かも知れないが、台湾の場合、相手に対して「親しさ」を見せるのが一種の礼儀であり、相手を尊重していることにもつながる。「私はあなたと親しくしたいと思っていますよ」という態度を見せようとする。逆に、日本語の場合、相手と一定の距離を保つのが一種の礼儀につながる。それが言語使用にも表れているように感じられる。

ずっと以前のことだが、学生が卒業後ビジネスホテルに勤め始め、そこの日本人駐在員客と「普通体」で話している、というのを聞き、びっくりしたことがある。「普通体じゃなくて、です/ます体で話したほうがいいよ」と言ったのだが、学生は「だって、その人とは仲良くなったし、親しい相手には普通体でしょ」と言っていた。まあ、よく話を聞くと、相手の駐在員の人も楽しく話しているようだし(学生から聞いたところではだが)、相手が気を悪くしていないのならば、私がとやかく言うことではないので、それ以上は何も言わなかった。(短大卒業したての若い女の子に、友だちのように話しかけられて喜んでいる駐在員、みたいな様子を想像してしまった。)

台湾から日本へ留学した学生が、「日本の学生は少し仲良くなるのは簡単だが、とても仲良くなるのは難しい」と言っているのを一度ならず聞いたことがある。「親しさ」の境界が、感覚的に違うことも原因の一つかもしれない。もちろん、こういうことは台湾ではどうだ日本ではどうだ、という風にはっきり分かれるわけではないし、個人の感覚によっても違いはかなりあるだろう。ただ、ある年齢を超えたら「私達って仲良しだよね」とあからさまに確認することはないと思うので、そこをどこから感じるかということの中に、言語感覚は影響していると思う。


相手の呼び方【中国語】

授業で、日本語での相手との親密性が変わって相手の呼び方が変わるという例をドラマを元に紹介した。その後、「じゃあ、みなさん中国語ではどう?」と言って、学生たちの例を聞いた。そこで面白いなあと思ったこと。

呼び方の順番。
1、同學(会ったばかりでまだ名前がわからない時)
2、下の名前だけ(名前が分かったらこれに変わる。まだ「知り合い」程度)
3、ニックネーム
4、フルネーム

「同學」というのは、そのまま日本語にそっくり置き換えるのは難しい。言葉だけの意味では「クラスメート」という意味もあるし、教師が学生全体に呼びかける時も「同學們」(学生の皆さん)と言う。正式な場で学生の名前を呼ぶ時は「○○○同學」となることもある。

2は、下の名前そのまま呼び捨てである。これだとまだそんなに仲良いという感じではない。この感覚は日本語と大きく違う。もし、このルールを日本語で使ったら、全く違う印象をもたれる。(そういう人はあまりみたことがないが。)

多くの場合、1と2の順番は不動なのだが、ある学生から異論があった。その学生の感覚だと、あまり親しくない時は4のフルネームで呼び、仲良くなると下の名前だけになる、という意見だった。
それについて、別の学生からの意見。同性間と異性間では違うかも知れないとのこと。例えば、男子学生が女子学生と呼ぶ場合、親しくない場合にはフルネーム、親しくなると下の名前だけになる、ということだ。

3と4は、人によって感覚が違うようだ。いずれにしてもフルネームが親しさを感じさせるというのは、私にとっては感覚的につかみづらい。

もう一つ、「你」や「我」の変わりに名前を言う時は、あるか。あるとしたらどういう時?という質問もした。「你」についてはわからないが、「我」については以前、例を耳にしたことがあるからだ。

「我」について出た意見。
1、「小朋友(子ども)」が自分のことを言う時に使う。
2、「裝可愛(かわいいこぶっている)」の時に使う。
学生の友だちの呼び方で日本語と全く違っていたのに、これは日本語と同じ感覚なので、「そこは同じなんだ」と逆にびっくり。
ちなみに2については、女性のみが使い、男性が使うと気持ち悪い、とのこと。女性が使って、かわいいと思うか思わないかは「人による」とのこと。そこも同じか。

名前については、前にも「敬意表現としての名前の使い方」で書いたが、今日の例も実に面白かった。

2011年11月5日土曜日

中国語の「変態」はそんなに「変態」ではない

つい最近、Podcastを聞いていて中国語の「変態」の意味が日本語の「変態」の意味とは違うことを知った。
CSLPod UpperIntermidiate 跳槽
この中で上司のことを「変態」と形容する部分がある。そこの解説を聞いていたら、
変態→自分が嫌いな人のことを形容する言葉。
例文1)私の隣人は「変態」だ。毎晩12時にカラオケを始める。
例文2)うちの社長は「変態」だ。毎週、休日出勤させる。
日本語にすると「ホント、やなヤツ」というぐらいだろうか。
なあんだ、そうだったんだ。

実は、もう5年前ぐらいになるだろうか「変態!」と言われたことがある。幸い面と向かってではないのだが、あるチェーンの電気店からバーゲンか何かのお知らせ勧誘電話を受けた時のことだ。こっちは仕事中で忙しいさなかに電話をうけ、相手はこちらのことなんかお構いなく早口で言うことだけをまくし立てる口調だったので、途中でさえぎって「私、外国人だから聞いてもわからないから。」と言った。普通はこれで、「あ、そう」という感じで電話を切ってくれるのだが、その時相手は「どこの国の人?」と聞いてきた。ちょっと腹が立ったので「あなたに関係ないでしょ。」と言ったら、
△&■%◇○☓■☓&◎&□%$=▼&……………
相手は何か外国人に恨みがあるようで、怒った口調でまくし立てている。何を言っているのかほとんどわからないし、そんなもの一生懸命聞く気にもならない。電話を切ろうと思ったところで相手が一言。
変態! 〈ガチャン〉
最後のその一言だけ聞きとれた。はあ???なんで私が変態なの?呆れるやら悔しいやら、そしてちょっと悲しい気持ちも…。

それ以来、その店を見る度になんとなくこの日のことが思い出されていた。

そして、2週間程前「変態」の中国語の意味を知った。ま、でも「変態」なんてもう言われないだろうな、と思っていたら、先週、テストについて説明していた時に
学生:先生、変態(bian4  tai4)。ヘンタイです。
うわ、人生二度目の変態呼ばわり。中間テストの話はさておき、「変態の意味はね…」と中国語と日本語では意味が違うことを解説。変態の意味について解説することになるとは思いもよらなかったので、こちらもしどろもどろ。
学生:じゃあ、日本語の変態ってどんな人?
ええと…。とっさに具体例は思い浮かばなかった。



2011年10月9日日曜日

「いつでもいいです」という礼儀[中国語]

少し前のことになるが、学生からアンケートに回答するように頼まれ、「いつまで?」と聞いたら「いつでもいいです」という答えが返ってきた。「じゃあ、来年!」と冗談まじりに返したのだが、その後、このやりとりを思い返してみた。

私が「じゃあ、来年!」と答えたのは、「いつでもいいです」という回答に違和感を感じたからだ。

私が思う、こういう状況での〈普通〉の会話では、
「いついつまでに必要なので、それまでにお願いします。」
という答えが返ってくる(はず)。

思い返してみると、何か頼まれごとをして期限を聞き「いつでもいいです」と言われたことは、今回が初めてではない。むしろ、何回もそう言われているのではないかと思う。今まであまり深く考えなかったが、何回もそう言われているということは、それは、
〈学生たちは〉そう答える習慣がある
と考えるほうが妥当だろうと思った。

ふと、以前書いた「あなたが決めるべきこと」を思い出した。
日本では家を訪問して飲み物を勧められたときに「何でもいいです」と答える人が多いが、これをやるとヨーロッパ人は「あなたが決めるべきことを何で私が決めなくちゃいけないのか」と怒ることが多い。
そんな内容の記事を読んだ後で考えたこと。逆の立場で学生に「何でもいいです」のような答えをされて、内心腹を立てたことを反省した。

以前も書いた、
「余計なことをお願いするのですから、先生の都合のいいようにしてください。」
この気持ちが、「いつでもいいです」にも出ているような気がする。そして、先生たるもの、常識を持っているので「来年」などということは言わない、という思いを持っている。
そう考えると、ちょっと大人気なかった自分が恥ずかしい…。

2011年10月8日土曜日

台湾のことわざ その2

前回紹介した台湾のことわざの続き。

熊と虎を怒らせるより、気の強い女性を怒らせるほうが恐い。(惹熊惹虎,毋通惹著刺查某) [台湾語]
そのままの意味。「刺查某」が気の強い女。

一粒のねずみの糞だけで、一杯の粥がだめになる。(一粒老鼠屎,壞了一鍋粥)
僅か一つの悪いもののせいで、全部がだめになるという意味。

良い馬は後ろの道の草を食べない。(好馬不吃回頭草)
来た道を振り返らない。決めたことはどんなことがあっても、元に戻さない。普通は、破局した恋人ともう一度付き合うのは無理という意味。

二日で魚を捕り、三日で網を干す。(兩天捕魚,三天曬網)
魚は腐りやすいので本来は売る当日に魚を捕らなければいけない。二日で魚を捕って三日で網を干すのは怠惰で気が短いということ。今はそこから、やる気がなく持続力がない人を非難する時に使う。

2011年10月3日月曜日

台湾のことわざ

作文のクラスでことわざ紹介を書いてもらった。面白かったので、いくつか紹介。

お金は足が四本、人は足が二本。(錢四腳,人兩腳)[台湾語]
足が四本のほうが走るのが速いので、お金に人は追いつけないお金を稼ぐのは難しいという意味。

牛は北京へ行ってもやっぱり牛。(牛牽到北京還是牛)
人の本性は変わらない。

イタチが鶏に年始の挨拶をする。(黃鼠狼給雞拜年)
イタチは鶏の天敵。イタチが鶏に挨拶するというのは実は食べたいと思っている。心に陰謀があることのたとえ。

ニワトリの腸、鳥の腹。(雞仔腸,鳥仔肚)[台湾語]
ニワトリの腸も鳥の腹も両方とも小さいことから、ケチのたとえ。


紹介することわざは「動物」「数字」が入っているもの、という限定をつけたもの。[つづく]

2011年7月30日土曜日

中国語のPodcastレビュー その1

中国語のPodcast(音声)をiPodに入れて、車の中で聞くのが最近の習慣。このPodcast、いろいろ試しているのだが、今までさがして聞いてみたものについて、感想と覚書を書いてみたい。(私が聞いているのは、日本語が入っているものはなく、説明も中国語か英語のもの。)

私は車の中で運転しながら聞いている。Podcastの中にはPDFでテキストファイルを配布しているものもあるが、そういうものは私は全く利用していない。なので、Podcastの作り手が意図した学習方法と違う場合もあるから、以下の私の感想は、「ながらで聞いた場合の…」という条件付きだ。PCに向かってテキストも見ながら、というのであれば、また別の感想も出てくるだろう。

もう一つ私の聞き方だが、iPodでいろいろなPodcastを一つのプレイリストにして、シャッフルして聞いている。制作側が流した順番に聞いているわけでもない。ずいぶん勝手な学習者の勝手な感想である。

1、 ChinesePod
一番最初に聞いたPodcastで、最初のが私のPodcastの基本になっているからかもしれないが、一番好きなもの。私が見つけたのはもう数年以上も前で、その頃は音声は無料で聞くことができたのだが、今は残念ながら有料になっている。私は、「これから有料になります」というアナウンスを受けた後で、その時にあったものは全てダウンロードし、聞いていた。今は、各レベルのサンプル1エピソードのみ聞けるようだ。
前に、このChinesePodのあるエピソードについて話題にしたが(ChinesePod 上司が部下に注意するとき)、今、ホームページをみたら、サンプルがそのエピソードだった。

ChinesePodは5つのレベルに分かれていて、私が聞いたのは「Intermediate」と「Upper Intermediate」。この2つはどちらも、JennyとJohnの二人による進行。Jennyは女性で中国語ネイティブ、Johnは男性で中国語学習者という役割。最初に短く、その日の会話についての紹介があり、次がモデル会話。その後、モデル会話について解説をし、最後にもう一度モデル会話が流される。
ChinesePodですごいと思うのは、レベルごとの内容設定の的確さだ。私にとっては、Intermediateはほぼ知っている単語や表現で構成されており、わからないものはいくつか。そしてそのいくつかは解説で必ず取り上げてくれる。Upper Intermediateになると、流して聞くのはずいぶん辛くなりわからない部分も増える。IntermediateとUpper Intermediateで、聞いていると差がはっきりしている。これは、教材としてはしごくあたり前で、そうであるべきなのだが、実は他のものを聞いていると実体はそうではないことが多い。解説してほしいものには解説がなく、もう知っているものに長々解説があったりする。それをきちっとしているところがすごいと思わせる。
また、解説の仕方だが、JennyとJohnの二人で普通に会話しているように自然に解説が入っている。英語と中国語を交えた解説なのだが、言語の切替もとても自然だ。Intermediateでは英語の解説が多く、Upper Intermediateになると中国語が基本で英語は補助的に入っている。二人の役割だが、Johnは学習者の立場から質問し、それにJennyが答える。Johnの質問も似たような単語の意味との違いを聞いたり、発音が全く同じ単語を取り上げたりと学習者のツボをおさえてくれている。PDFでテキストも見られるようだが、それを見なくても音声だけで理解できるようになっている。
有料になってしまったのは残念だが、ここまでの質のものを無料で提供してほしいというのは学習者としてわがままかなとも思う。では、私はお金を払ってこれを聞くかというと、今のところは中国語圏にいるので思わない。でも、将来、中国語圏にいずに学習を続けたいと思ったら迷わずこれを選ぶと思う。

2、 visualmandarin
ダウンロードしたChinesePodの音声が残り少なくなってきて、他のポッドキャストをさがし、見つけたのがこれ。結論から言うと、これは好きではなく、途中で聞くのをやめた。

visualmandarinはレベルは4つに分かれていて、聞いてみたのはIntermediateとAdvanced。(途中で聞くのをやめたので、私が聞いたのは、初期に作られた音声のみ。なので、今はもしかしたら改善されているかもしれない。)
IntermediateとAdvancedの両方に共通しているのだが、音声に妙なエコーがかかっている。これがとても聞きづらい。とくに私は車の中で、それもボロ車の高速運転中に聞いているので、音声はほぼ最大にしないと聞こえない。そこにエコーがかかっている音声だととても聞きづらいのだ。

Intermediateについて。AliceとTheresaの2人で進行している。Aliceは「我是你們的中文老師、Alice」と言っていて、先生役。Theresaは英語で解説を加えるという役回り。
番組構成は、最初にその日のトピックに関する二人の会話があり、次にモデル会話。その後、二人の解説になっている。(ChinesePodと似た構成。)解説では、モデル会話の中の文型をあげ、その文型についての解説や文型を使った他の例文が紹介される。私にとっては、とりあげている文型よりも、Aliceが話す中国語のほうがわかりにくいところがあると思ったり、Theresaが英語で話す部分が、そんなことは中国語で言われてもわかるから中国語で話してほしいと感じるところがある。また、Aliceの中国語の部分とTheresaの英語の部分が、それぞれ長すぎて、わからなかったらわからないまま進んでしまう時間が長過ぎる気がする。もう一つの部分を短めに話して、AliceとTheresaが頻繁に交互に話すようにしてほしいと思う。

次は、Advanced。Advancedには、2人の会話で進行させていくもの、ストーリーの朗読、ニュースの紹介がある。2人の会話で進行させていくものは、進行役はリーシャンとツォンツォン(に聞こえる)。名前が英語名ではないことからもわかるように、Advancedは中国語のみ。2人であるトピックについて話す。リーシャンは自分のことを「老朋友」と言っていて、ここでは学習向けの教材という形式はとっていない。
Advancedは私には難しかった。visualmandarinは、Intermediateの次がAdvancedなのだが、差が非常に大きく感じた。ストーリーの朗読は全くと言っていいほどついていけなかった。よかったのはニュース。3、4分で3つほどのニュースを紹介している。Advancedは、また時間をおいて聞いてみようと思うかも知れない。

トップページではemailを登録するようになっているが、私は登録せずに、音声のみをダウンロードした。emailの登録画面を無視して、Learning Center→Videos&Podcasts→レベルを選んでいけば、そのレベルのPodcastが出てくる。

3、Mandarin Chinese Lessons with Serge Melnyk
上記のリンクはホームページだが、私はiTunesでPodcastに登録している。上記のホームページからはPodcastへの登録リンクが見当たらない。
これも結構前に見つけていたのだが、最初一度聞いて面白くないと思いあまり聞かず、Podcastの更新もやめていた。でもある時聞き直してみて、シャドーイングにぴったりではないか、と思った。
このPodcastはSergeという男性が英語をベースにレッスンを構成している。レベル別はなく、1からの通し番号がついていて、現在は226まである。数字が大きくなるにつれ難易度が増していく。
番組の構成は、最初に英語でトピックについて説明があり、次がモデル会話。モデル会話のあとに、語句や文型について、Sergeが英語で解説していく。解説というより、英語で翻訳するというシンプルな形だ。取り上げた語句や文型はSerge以外に女性の声でも繰り返される。文型を使った例文も英語での翻訳や女性の声での繰り返しがある。
このSergeと女性の発音がものすごくはっきりしている。私は自分が発音するのも聞き取りも苦手で、有気音と無気音の違い、nとngの違いも全くだめなのだが、この二人の発音ははっきりしていて、「あ、この音は有気音なんだ」と気がついたことがある。例文も適度な長さで、話す速度も学習者用の速さなので、聞きながらシャドーイングがしやすいように思う。
最後にもう一度モデル会話が流される。 今聞き直して見て気がついたが、最後のモデル会話の前に、「もう一度モデル会話を聞きます。それぞれの文をリピートしてみてください。」と言っているので(ChinesePodでは最後のモデル会話の前に「もう一度聞いてみましょう」としか言っていない)、やはりこれは「聞く→リピート」という練習用に作ってあるのだなと思う。


上記の他には以下のものも私のiPodの中に入っている。これらについてはまた後日書いてみたい。

CSLPod

targetchinese

iMandarinPod

2011年7月23日土曜日

謝罪の決まり文句?「不是故意的」[中国語]

ずっと以前に、学生に言われてちょっとカチンと来てしまった言葉。

「不是故意的」

その時の詳しいやりとりはよく覚えてはいないが、学生が何かやらなければいけないことを忘れたというような、私が学生を叱っている状況だったように思う。

この「不是故意的」。日本語にすると「わざとじゃないんです。」になるだろうか。とにかくその時は、自分の中でそう翻訳して理解していた。そして「わざとじゃないなんてアッタリマエでしょう!!!」とカチン。学生にもそのままカチンと来た気持ちをぶつけてしまった記憶がある。

それからずっと経ってから、全く違う大学の「コミュニケーション概論」という授業で、謝る時の会話を書いてもらった(中国語で)時のこと。
ありました、この「不是故意的」。学生が書いた会話は、この「不是故意的」があっても相手に怒られることなく展開していた。書いた学生に「この言い方って普通にする?問題はない?」と聞いてみたところ、聞かれた学生は意味がわからず、一瞬きょとんとした様子。別に問題はないということだった。

乱暴にまとめてしまうが、日本語会話での「わざとじゃないんです」は、自分には非はない、そして、叱られていることが納得できない、というニュアンスを含んでいるように思う。でも、「不是故意的」にはそのような相手に反論したいニュアンスはないのではないか、とその時に思った。

職場で「台湾人は言い訳が多い」と言われることがあるが、この言い方もそう思わせてしまう一つだろうなと思う。

先学期の授業時にも、この「不是故意的」を聞いた。
その日は小テストをすることになっていたのだが、一人の学生(Mさん)が来ない。他の学生がMさんに電話をかけると「家のかぎが見つからなくて、家から出られない」とのこと。それを聞いた別の学生が
「她不是故意的。」
その学生が言いたかったことは、Mさんはサボってこないわけではない。授業に来ようとしたけれど、来られないということだった。
本人を叱っているのと多少状況は違うが、以前だったら、カチンときてしまっていたかも知れないと思う。聞いたとたんに「お、出た出た」と心の中で思い笑っていた。

この「不是故意的」。状況を考えて日本語に置き換えるとすれば「すみません、うっかりしていました。」だろうか。少なくとも、聞いた時にそう頭の中で翻訳すれば、カチンと来ることもないだろう。

2011年7月13日水曜日

苦情を言う[中国語]

少し前のことになるが、中国語でクレームのメールを書いた。毎年、税金申告の時期になると、出版社から個人情報の確認のメールが来るのだが、今回来たメールの中に、私のものではない個人情報が含まれていたからだ。つまり、知らない人の氏名、生年月日、住所、パスポート番号、居留証の番号が、私のメールの中に書かれてあった。
メールは、たぶん、自動的に作成されたのだと思う。全体の書き方、書かれている内容は同じで、個人情報の部分のみ、違うものだった。私宛のメールの下の方を見ると、その別の人に宛てたメールを見ることができてしまった。
他の人の個人情報を見てしまったのは別段問題はないが、自分の個人情報ももしかして他人に見られているのではないかという不安を覚えた。
台湾では一人一人が身分証を持っていて、その身分証の番号は様々な認証に使われ、他人に気軽に教えられるものでは決してない。外国人は身分証の番号はないが、外国人用の居留証に「統一番号」というものががあり、それが使われたり、パスポート番号が使われることもある。つまり、居留証の番号やパスポート番号は、身分証の番号と同じなのだ。人にむやみに知らせていいものではない。
どうしようかと迷った結果、個人情報確認のメールに返信する際に、クレームを書くことにした。
書くことにしたはいいが、どう書いていいのか、さんざん悩んだ。私の中国語能力が限られていることが第一の問題。第二の問題として、私が個人的に不利益をこうむったわけではないので、あからさまに文句を言うのもおかしい。いわゆる「やんわり」と苦情を言うのはどうしたらいいのかと考えたあげく、書いた内容は、
今回のメールの中に、他の人の資料があったが、今後は他の人の資料は見たくないので、削除してから送ってもらえますか?
のような文面。(拙い文章になってしまったので、原文は恥ずかしくて載せられない。)
いいのか悪いのかわからないが、とにかく送信ボタンを押し、苦情メール終了。
この件について、いつものW先生に話をした。私の送ったメールの内容はこれでよかったのか。こういう時にどう書けばいいのかを聞いた。
W先生からの指摘。
1,主旨は自分の個人情報を他人に漏らさないでほしいということだが、それを「他人の情報を見たくない」という言い方で、果たして伝わるか疑問。
2,「見たくない」という言い方はちょっときつい。(「不要~」という言い方は相当きついらしい。)
W先生に考えてもらったこの件についての苦情の言い回し。
このメールに主旨とは無関係の内容が含まれていた。個人情報の取扱には注意してほしい。
「注意してほしい」の部分の言い方は、私が普段使わない言い方だったのだが、うっかりメモするのを忘れてしまった。次回、確認しておこう。

ちなみに、私のメールへの出版社からの返信は

謝謝老師回覆下次我會注意
という簡単なもの。私の言い方がまずくて相手がカチンと来たのか、なんなのかはよくわからない。


余談だが、外国語学習の動機付けについて、「苦情を言いたい」というのは、高い動機付けになると前から思っている。よく、「やりたいこと」のような前向きな明るい動機付けを言われるが、実は「やりたいこと」のようなものは、「また今度でいいかな」でも、結構すませてしまうことができる。(タイミングを逃すと困るということもないことはないが。)しかし、苦情は、「また今度でいいかな」ができないことが多い。その時、その場で、というのが非常に大事だと思う。
でも、苦情が高い動機付けになる、というのは、もしかして私がそういう性格だからなのかも???



2011年5月1日日曜日

「本当にないですか?」の意味すること[中国語]

よく、中文と日本語の言い方の違いなどの話をするW先生から聞いた話。

W先生の会話の授業でのこと。
忘れ物をしてしまって問い合わせの電話をする、という状況のロールプレイで、
学生が使った「本当にないですか?」という一言が気になったという。

ロールプレイは、お店に忘れ物をして、その店に問い合わせの電話をするというもの。店の人に、見当たらないと言われて、問い合わせた人が言った「本当にないですか?」。

W先生の気になった点というのは、
日本語ではあまり「本当にないですか?」とは言わないのではないか、ということだ。
言わなくもないが、と思って、中文での状況を聞いてみると、確かになんとなく違う感じを受ける。

これは、頭の中で考えたことなので、実際の言語行動はもしかしたら違うものかもしれないが、
私が忘れ物を問い合せて「本当にないですか?」というときは、
ある程度、私がその場に置き忘れたという確信がある場合。
つまり「本当にないですか?」が意味するのは、
1、ないということは変だ。2、もう一度よくさがしてほしい。
ということだろう。

しかし、中文の「真的沒有嗎?」は、W先生の説明によると
本当にないんだ。残念。がっかり。
という状況でも「真的沒有嗎?」と言うのだそうだ。
日本語だったら「え!?ないですか…。」という感じだろうか。

会話の展開にもよるが、日本語の「本当にないですか?」は、
きちんとさがしてないのではないか、という、相手を多少非難するニュアンスに取れないこともない。

少し注意が必要な表現かもしれない。