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2013年4月19日金曜日

レストラン情報に加えてほしいこと-エレベーターの有無-

 「ぐるなび」や「食べログ」等のレストラン情報をよく利用している。お店が作っているホームページも見るが、場所や営業時間などを記録しておく(Evernoteでクリップして保存)には「ぐるなび」や「食べログ」のほうが便利だ。おしゃれなレストランだと、ページがこりすぎていて、クリップ保存できないことがよくあるからだ。
 東京では老人といっしょにレストランに行くことが多く、とても気になるのがタイトルにある「エレベーターの有無」。うちの老人は膝が悪いので階段の上り降りは極力避けたい。調子の悪い時は、ちょっとした段差があっただけでも、いやがることがある。
 レストランが1階だったら問題ないが、2階や地下だと階段だけのことも多い。レストランの階段はとても急なものがあって、上るのはまだしも降りるのは危ないなというものもある。
 老人といっしょにレストランに行くようになって、場所のチェックとともに、何階にあるかを見ることが必須になった。そして、書いてあったらいいのにな、と思うのがエレベーターの有無である。家近くなら、事前に見に行ってみることもできるが、遠い場合はそれをするのは難しい。だからと言って、安全策をとって大きなビルやデパートばかりだとなんとなくつまらない。
 私が思うのだから、他にも思っている人はいるんじゃないかな、と思う。足の悪い高齢者だけではなく、普段は元気でも、捻挫したり膝を痛めたりで階段が不安になることもよくあることだ。一言書き加えてもらえるとありがたい。
 ほんとに、あったらいいな、と思う。

2013年4月12日金曜日

さすがプロ!-シニアの洋服選び-

 先日、某衣料メーカーのファミリーセールに行ったときのこと。
 うちの老人はちょうど今頃着るような薄手のコートをさがしていた。私がいくつか手に取り、老人が試着をしてみる。まあいいけれど…、というぐらいに思っていたら、横で見ていたメーカーの店員さんが、別のコートを持ってきてくれた。それを試着してみると、確かにいい感じに見える。店員さんが持ってきてくれたのを着たのを見て、さきほど「いいけれど…」と思っていた少しいまいちの部分が何なのかはっきりとわかった。うちの老人は痩せているのだが、私が手にとったコートだと、首周りや肩周りが貧相に見えたのだ。店員さんが持ってきてくれたものを着ると、その貧相さがうまく隠されて良い感じに見えた。結局、それは腕周りがきついということで購入にはいたらなかったのだが、店員さん、さすがプロ!と思った。
 さらにもうひとつ。別の売り場で、さして買おうと思ってはいなかったのだが、安さにひかれて老人がパンツを手に取った。それを見ていた店員さん、「どんなパンツがお好みですか?あ、ストレートですね。」と言って、別のものを持ってきてくれた。試着してみると、自分で手に取ったのは全く似合わず、店員さんが持ってきてくれたほうは、実によかった。老人は試着した鏡の自分の姿に満足し、満面の笑顔。二人で、「全然違うね。さすがプロだね。」と話した。パンツのほうは、何がポイントなのか全くわからない。でも、着た感じは全然違う。
 いやあ、さすがプロ。そして、私もさすがプロと思ってもらえるような仕事がしたいと思った。

2013年3月26日火曜日

日本に旅行に行くなら…

 条件節の「~なら」の練習ではなく、最近、第二外国語クラスの学生に聞かれたこと。「卒業旅行で日本に行こうと思っているんですが、どこがいいですか」「卒業旅行に京都に行こうと思っているんですが、京都でおすすめの観光地とか食べ物は何ですか。」卒業旅行を準備する時期なのだろう、聞かれたのは1人だけではなかった。
 以前なら「そんなこと自分で調べろ!」と口では言わないが、心のなかで思い、ぼやかして答えていた。ただ、ここ数年は、こういうことを言いたくなる気持ちもなんとなくわかると思うようになったので、自分の思うことを答えるようにしている。
 学生が何を思って私に質問してきたのかはわからない。授業で先生に会うしちょうどいいから聞いとこう、ぐらいの軽い気持ちかもしれない。ガイドブックに載っていないようなことを教えてもらいたい、だってせっかく「日本人」に習っているのだから、かもしれない。学生が何を思っているのかは、まあさておいておく。
 このブロクの中でも書いたかもしれないが、学生に直にたずねたことがある。それは、東京に研修旅行に行く事前研修の中で「自分で行きたいなあと思う候補地をいくつかあげる」という宿題を課した時。答えた学生は10人中1人しかいなかった。それで「(怒っているのではなく)本当に理由を聞きたいから聞いているのだけど、なぜ、他の人はどこに行きたいかを考えなかったの?」と聞いた。
 私は個人で旅行するのが好きで、大学生の時に友だちと海外旅行をして、その時に自分たちで色々調べて計画を立てた。みんなもその時の私と同じ大学生だし、私が大学生の時より今はもっといろいろ情報があるのだから、できないことはないと思う。学生にそう告げた。
 その学生たちも単に言われたことを忘れていたのかもしれないし、面倒だと思ってやらなかったのかもしれない。ただ、1人の学生がこう答えた。
 いっぱいありすぎてわからない。
わかるなあ、と思った。逆に考えれば、私が大学生の時なんて、入る情報はたかが知れている。あの「地球の歩き方」と他に何か1冊熟読すればすむことだ。
 初めのほうに書いた「こういうことを言いたくなる気持ち」だが、私が想像するこの気持ち。
いろんな人がいろんなことを言ってるけど、で、どうなの?
 よく言われることだが、情報は多ければ多いほど便利なのではない。ありすぎるとわけがわからなくなるのだ。そういえば、うちの老人がまだわりとしっかりしていた時に、近くのとても大きな文房具売場で黒いペンを買うことができなくなった。たかだか100円ちょっとの黒いペンなのだが、ありすぎて、もうどうしていいかわからない。そう言っていた。ここで、
「書いてみていいなと思ったのを買えばいいんだよ」と言っても、どれを手にとって書いてみるかでまず迷う。「どれでも大して変わらないんだからどれでもいいんだよ」と言っても、そんなに頻繁に買い換えるものでもないし、せっかくだったら書きやすいものが買いたいと思うので踏み出せない。
 旅行も同じだ。「ガイドブックとか他の人が書いたブログとかを読んで面白そうだなと思ったところにすれば?」と言っても、そんなものありすぎてどこから手につけたらいいかわからない。「いいって言うところはどこもいいから、決めちゃえばいいんじゃないの。どこでも楽しめるよ。」と言っても、卒業旅行というゆっくり旅行できる人生最後のチャンスだし、お金も結構かかることだし、そんなどこでも…じゃあ決められない。
 私の言うことなんてたぶん入口にすぎない。だから、今の私が思うことを答える。さらにちょっと気になったのでネットで調べてみると、知らなかったことや忘れていたことを思い出すこともあって、それはそれで面白い。
 ちなみに「日本旅行に行くなら…」の私の回答。「新しいもの好き、買い物好きなら東京。歴史が好きなら京都。自然が好きなら北海道(自分で旅行したことないけど)か長野。」

2013年3月11日月曜日

新明解国語辞典の思い出

 ライフハッカーの「こんな辞書を待っていた! オモシロ解説が魅力の『新明解国語辞典』アプリ」を見て、高校の時のことを思い出した。
 高校三年生の時に、卒業研究という名目の少し長めのレポートを書く課題があった。私が選んだテーマは「助数詞」。数える時に後ろにつける「~枚」「~本」「~足」などのあれだ。新聞に折り込まれてくるスーパーのチラシなどを見て、せっせと用例を集めていた。解説が書いてある本などもさがしては見たが、助数詞が一覧になっているものがなかなかない。そんな時「新明解国語辞典」のある版の巻末に助数詞の解説か一覧があるということを知った。しかし、その版は古いものなので、行ける本屋を数軒周ったが店頭においている本屋はないし、学校や地域の図書館にもない。
 たぶん、教育母の助言があったんだと思うが、結局私は三省堂に手紙を書いた。「学校の課題でテーマに助数詞を選び調べている。『新明解国語辞典』の○版の巻末に助数詞の解説があることを知ったが、入手できない。申し訳ないがコピーを送ってもらえないか。」そんな内容だ。
 送ってくれるという確信はなかった。たかだか学校のレポートを書きたいという高校生を、大手の出版社が相手にしてくれるとはあまり期待していなかった。送ってくれたらラッキーだなぐらいに思っていたと思う。
 手紙を送ってからどれぐらい経ったころだっただろうか、なんと、三省堂から封書が送られてきた。私の希望する箇所のコピーと、手紙が入っていた。感動した。コピーを送ってくれたことはもちろん、送ってくれるとしてもコピーだけが入っていると思ったら手紙まで添えられていた。一高校生としては、大人に相手にしてもらったことが心の底から嬉しかった。
 高校生の分際でエラそうだが、私はそれまで三省堂を「お手軽な辞書を作る出版社」としか思っていなかった。三省堂の辞書は家に何冊かあったが、何かでもらったものも数冊。三省堂の辞書といえば、持ち歩きしやすいコンサイス。辞書それ自体に愛着を感じるものではなかった。でもそのコピーと手紙の一件で、「私は三省堂を愛そう!」と決めた。
 あれからもうとうに四半世紀を過ぎてしまった。そして「三省堂を愛そう!」の決意もどこかへ言ってしまっていた。決意は別にしても、上記のライフハッカーの記事を読んで、なかなかいいアプリだと思った。このアプリ、買おう!

2013年1月31日木曜日

【映画】エンロン

 「エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?」というドキュメンタリー映画を見た。中文版だったのでよくわかっていないところもあると思うが、わからないのは言語の問題でもないんじゃないかとも思う。見て思ったこと、見て疑問に思ったことを調べたこと等。

 エンロンについてはあまり多くを知らなかった。電力会社で、会計の不正が元で倒産した会社、電力自由化の議論で出てくる会社、というイメージだ。
 この映画を見てわかったことは、エンロンが儲けていたのは、電力を直接売るのではなく、エネルギーを取引にしてその取引で儲けていたということ。また、大統領のブッシュファミリーとつながりが大きいこと。カリフォルニアでは、停電になって電力価格があがり、そうするとエンロンが儲かるという図式になったこと。全体としてのストーリーは、エンロンが詐欺まがいの行為をしてお金を儲けていた/経営陣は強欲で金儲けにしか興味がなかった/CFOは会社が危ないとわかると逃げ出し、何も知らされない社員は会社の破綻と同時に自分の年金などすべてを失った…という感じに写った。
 このエンロン事件を見て、ライブドア事件を思い出した。なんとなく似ているなと思ったのだ。(ライブドアは結局会社自体は残ったが…。)何が似ているかというと、粉飾決算をしていたことと、監査担当の会社が当時の優良会計会社で粉飾決算にそこも関与していたことだ。また、負債を隠すために、架空の会社を作り、金の流れが入り組んでいて(映画の中で解説があったのだが、よくわからなかった。ライブドア事件みたいなもんだろうな、と理解した)私のようなものには理解不能な図ができていたこともある。でも、これは粉飾決算が問題になればどこも同じなのかもしれない。でもライブドアはどちらかと言うと、政治的、社会的に力をもっていなかったからあっさりと葬り去られてしまったイメージがあるが、エンロンは政治家としっかりパイプを作っていたので、そこは全然違うようにも見える。

 いくつか疑問に思ったのは、なぜカリフォルニアなんだろうとか、結局ブッシュファミリーの関わりはなんだろうとかだ。ここら辺のことは、今更疑問に思うことでもないので深くは語られないのかなと思い、ネットで調べてみた。「エンロンが仕掛けた「自由化」という名の金権政治」「底なしの米企業犯罪 エンロン、ワールドコム、ゼロックス… グローバリズムの基盤揺るがす」などを読んでいくつかの疑問が解けた。
カリフォルニア州では開発コストがかかるエコエネルギーの普及に力を入れたことなどから電力料金が全米屈指の高さになっていたため、1996年に電力売買の自由化によって料金を下げようとする政策が始まった。(①)
カリフォルニアの停電(電力危機)については、同じ田中宇が書いた別記事(カリフォルニア電力危機を考える)に詳しいが、価格を下げようと自由化に踏み切った結果、電力不足の懸念から発電所が電力を売り渋ったり、電力取引の影響で価格は上昇した。
カリフォルニア州知事は、ブッシュ新政権に対し、連邦政府がエンロンなど売電会社に命令し、高くない値段でカリフォルニアに電力を供給させてほしい、と要請した。だが新任のブッシュ大統領は「自由市場の原則を曲げる政策をとるわけにはいかない」という立場をとり、救いの手を差し伸べなかった。(①)
この場面はそのまま映画の中に登場していた。
ブッシュ政権や共和党を中心とする議員は、エンロンから多額の政治献金を受け取った。彼らは、エンロンがカリフォルニア州で電力の「売り惜しみ」を行ったことで起こった電力危機(2001年年頭)の際に、1部に起こった規制強化案を葬った。(②)
そうとははっきり書いていないが、エンロンに有利にことを進めたと読める。

 元々、私は「電力会社はどうやって儲けるのか」に疑問をもっていた。企業は自社の製品を売って金を儲けるのが目的だ。電力会社は電力を売っている会社。でも、「節電しましょう」というCMも流している。自社の製品をあまり買わないでね、と言っているのだから、何か矛盾を感じる。(もちろん、節電PRが悪いという意味ではない)もうひとつ、電力会社の株配当は他の会社に比べ比較的高い。配当が高いのは、それだけ利益が出ているということだ。???どうなっているんだろう?というのが日頃からの疑問だった。
 ネットでにわか勉強をしたが、実はまだよくわからない。わからないけれど乱暴に思ったことを書いてしまうと、結局、「電力を売る」ことは、儲からないものなのだと思う。日本の原発問題の後でも電力自由化の話はたびたび出てくるが、なぜ自由化するのか。自由化すると企業が参入するのだが、儲からないものに企業が参入するとは思えない。
 日本で大学の制度を改革し、株式会社の大学を作れるようにしたが、参入数は多くないし潰れた大学もある。大学(制度上の学校はすべてだと思うが)は儲からないのだと思う。何か他のもので読んでうろ覚えだが、アメリカの有名大学も、収入の頼りは多額の寄付や土地収入で、本業の教育・研究ではないらしい。
電力(エネルギー全般かもしれないが)も、儲からないのであれば、そこに企業が入ることはない。もし入るとすれば、本業以外に何か「うまみ」があるからだ。本業以外の「うまみ」は、なんとなくあやしい感じがする。

2013年1月19日土曜日

面接はスーツで臨もう

 卒業生と久しぶりに会った。「日系企業に就職したんです!」と嬉しい報告。聞きたい気持ちがむくむく湧いてきて、面接のことや仕事のことなどを根掘り葉掘り聞いた。今日、聞いた話。
 募集を見たのはネットの仕事紹介サイト(人力銀行)だった。1年以上の経験者募集と書いてあったが、ダメ元で応募。面接の練習にでもなれば、という気軽な気持ちで臨んだ。それでも、先輩に面接での心得を聞き、履歴書や自己PRの日本語版中国語版を用意し面接に行った。
面接には5人来ていたんですよ。でも、スーツを着ていたのは僕だけでした。
隣の応募者と話したが、彼のほうが明らかに日本語が上手だと思ったとのこと。でも採用されたのは、自分だった。
自分でもびっくりです。
面接で日本語で聞かれたのは、どんな食べ物が好きか?どこに住んでいるか?など。え?それ仕事と関係あるの?と本人は思った。まあ、これは、内容よりも日本語力を見ていたんだろうと私は思った。
両親もそう言っていました。
中国語の質問内容のほうが答えるのが難しく、例えば「3か月過ぎたら給料があがるけれども、どれぐらいあがると思う?」と聞かれたそうだ。「結構大事な仕事だけれど、自分にできると思う?」と聞かれ、内心は「いやあ、初めてだからそんな自信は…」と思っていたが、それは面接。「やります!」と答えた。

 タイトルの「面接はスーツで臨もう」だが、それは、たぶん、この卒業生が採用されたのは「スーツで面接に臨んだ」ことがポイントの一つだったのではないかと思ったからだ。実際、面接当日スーツを着ていると、お父さんから「そこまで正式な格好をしなくてもいいんじゃないの」みたいなことを言われたらしい。でも、本人は「いや、相手はやっぱり日本の企業だからスーツのほうがいいだろう」と思って、スーツを着て行ったそうだ。こういうところ、「お!わかってるじゃん」みたいに思われたのではないかなあと思う。
 日本語で書いた自己PRは、自分ですべて書き、ネットなどは参考にしなかった。
間違えていたとしても、それをそのまま見てもらったほうがいいですから。僕の能力の程度を相手にわかってもらったほうがいいし。
いいね、そういう感じ。

 仕事を始めたのはこの月曜日から。
今はまだ勉強しているだけで、なんにも役に立っていないんですよ。
とこれまた、謙虚な発言。彼が見せてくれたメモ帳には、仕事用語がずらりと並んでいた。
前に先生に自己PRの書き方をだめだと言われたから、今回は、今まで通訳したことなどをたくさん書きました。
そういえば、以前会った時には、「仕事紹介サイトに登録したけれど、全然面接の話が来ない」とぼやいていた。自己PRに何を書いたかと聞いたら、家族のことや経験はないけれど頑張りますみたいなことを書いたと言っていて「何書いてんのあんた!!」ぐらいの勢いでダメだしをしたことがある。そんなことがあったことも忘れてしまうぐらい、今日会った卒業生の彼は、立派なオトナになっていた。私が言ったことが少しは役に立ったのかな、と思ってこちらも嬉しかった。
この他にもいろいろな話を聞いたが、何を聞いても、いやあ、大人になったなあ、と感じた。
卒業生:今日は、たくさんほめてくれるけど…
私:いや、ほんとに心の底からすごいなと思ってるよ。
卒業生:ほんとに心の底?心の横とかじゃないの?
まあね、大学ではちゃかしてほめることも多かったけれど、今日のは、本当に心の底の言葉です。人の成長を見た!という嬉しい日でした。

2012年10月28日日曜日

日本が好きであること-日系企業で働く

先日、台湾の日系企業で長年働いている方のお話を伺う機会があった。勤務校の他の先生の授業で招いた方だったのだが、「よかったら聞きに来ませんか?」と誘っていただいた。
 お話をしてくださったのは、10年以上同じ貿易会社で働いているFさん。会社でちょうど人の募集、面接をしている最中とかで、面接の時に使う資料も見せてくださった。
Fさんのお話で印象に残ったこと。(中国語と日本語と両方だったので中国語部分は少し心もとないが私の理解したこと。)

①貿易会社の財産は人
貿易会社はものを作っているのではないので、会社の一番の財産は人。人の移動(辞職)はないほうがいい。その為、Fさんの会社では新卒はとらない方針。新卒の場合、会社のことをよく知らないから、他の会社がすぐよく見えてしまって移動する。

②面接での質問「今の仕事に不満は?」
①で書いた通り、新卒は取らないので面接に来る人は必ず転職組。転職するには、今の仕事に何らかの不満があるということだから必ず聞く質問。

③面接での質問「日本についてどう思いますか」
これはとても重要なポイント。(話の中で何回か出てきた)好きなことが大切。特に日本向けの営業では日本が好きなことが先決条件。以前、中国大陸での例だが、スタッフがきちんと働いてくれない、やめていく人が多いという問題を聞いた。その人に「働いている人は日本が好きですか?」と聞いた。好きなことが大切。

④面接での質問「何か質問がありますか」
面接に来たら、質問は必ずあるはず。ないというのはおかしい。例えば「どんな業務になるか」「勤務時間は何時から何時までか」など。ネットで会社の状況を下調べしておくこと。

⑤面接でのポイント
面接で見るポイントとして
1、自信があること
2、内容のある話ができること
3、礼儀正しいこと

⑥大切なのは日本語能力
国際貿易、運搬、などの知識はあとから勉強できる。ことばは短期間ではできない。だからできる人をとる。

⑦日本語能力試験1級が最低条件
履歴書で1級がなければ面接には呼ばない。1級の基礎があれば、ペラペラ話せなくても、1年やればできるようになる。ペラペラ話せるかどうかはポイントではない。

⑧日本語以外の勉強も
日本語だけでなく、何か自分で勉強しておく。


私は個人的にも以前日系会社で働く方から話を聞いたことがある。話を聞いた方のフィルターがもちろんかかってはいるが、とても雰囲気がいいと感じさせる会社と全体的にやる気ない感が漂う会社とある。Fさんの会社はとても雰囲気のよい会社のようだ。これは「日本が好きであること」をポイントにおいているからなのかもしれない。ここまで「日本が好きであること」が大切だとはっきり言われたのは初めてだったので、結構驚いた。そしてそうなのかも…、とも思った。
もう一つ面白かった話。「現場」とは違うということ。「現場」とは工場などのことだが、現場は管理が強く、給料があがりにくいということだった。Fさんも、今の会社へは「現場」からの転職組だ。なんとなく「日系」とひとくくりにしてしまっていたが、そこには大きい違いがあるのかも、と思った。

2012年8月4日土曜日

Facebook-打卡と…

今日、卒業生数人と久しぶりに会って食事をした。その時に知った新しい中国語「打卡」。私が知っていた意味は「タイムカードを押す」。「打卡」と聞いて、「それって、タイムカードガッチャン!じゃないの?」と言ったら、学生たちに「それも同じ言葉ですけどね…」と笑われた。
Facebookで、「○○さんは、××さんと△△にいます」という機能があるが、それのことを中国語で「打卡」というそうだ。(日本語でなんというか知らなかったので、さっきスマホで見てみたら「チェックイン」。あ、そういえば、なんか見たことあるなあ。)
なぜ、そんな話題になったのかというと、学生の中の一人が最近彼女と別れた。その別れ話の中でFacebookが出てきたのだ。私にとっては「打卡」よりも衝撃的だったその学生の話。
彼女とちょっと気まずい状況になり、その後、ある時お姉さんから「あんた彼女と別れたの?」と聞かれた。本人はわかれたとは思っていなかったので「え?なんで?」と聞くと、「彼女のFacebookのステータスが「交際中」から「独身」に変わった」とのこと。あわてて、Facebookを確認。Facebookで彼女と別れたことを知った…というもの。
恐るべしFacebook!というのが今日の結論。

2012年7月16日月曜日

理科教育がなぜ盛り上がらない??

原発事故があって、私は理科教育が盛り上がると思っていた。英語では高校や中学の英語の復習本が売られているが、そういうものが理科の分野でも出るのではないか、出たら読みたいなと思っていた。でも、そんなことは起こらなかった。なぜなんだろう?(唯一「リケジョ」という言葉がでてきたぐらいか。)
 私は高校三年の時に「理科Ⅱ」の授業で、原子爆弾の原理を習った。当時、私の学校の「理科Ⅱ」の授業は、担当教師が好きなことをやっていて、同じ学年でもクラスが違えば全く違う内容を勉強していた。私のクラスの「理科Ⅱ」は、かなり不評で隣のクラスが化学の実験を楽しくしているのを見てうらやましいと言っていた人も多かった。でも、私はこの授業がとても好きだった。原子爆弾と、それよりも威力がはるかに大きい水素爆弾のメカニズムを式を書いて説明してくれた。なるほど、と思った。今、じゃあ説明してみて、と言われても私にはできないが(先生、すみません)、あの時学んだことは無駄ではないと思う。よくよく考えれば理解ができる、という経験ができたことが大きい。原発事故報道を見て、「難しい。理解ができない。」と思った人は多いと思うが、私はその高校の体験があるので「ある程度は理解できる教育を受けてきたはず」という思いがあった。高校までに勉強したことですべてが理解できるとも思わないが、勉強したことを土台にして何か資料を読んだりすれば、ある程度は理解できる、理解するためには自分で学ばなければと思った。
 いわゆる理系科目は、難しく敬遠されがちだ。少なくとも私はそんなに積極的に自分で学ぼうとは思わなかった。でも原発事故報道を見て、理科教育はこういうことを理解する基礎のために必要だったんだ、と実感した。そして、それこそ生活に密着し命に関わることが起きたので、理科教育の重要性が叫ばれるようになるのではないかと考えた。だから、理科教育が盛り上がると思っていたのだ。
 私がなんとなく嫌だなと思うのは、とかく理科的なこと(アバウトな書き方だが)だと、「わからない」と簡単に言ってしまえることだ。「そうだよね。難しいよね。」と言って調べもせず、知ろうともしない。そういう姿勢が多いように感じる。例えば、私が高校の頃世界史は必修ではなかったが、今の世の中で高校で習う程度の世界史知識について「知らないよね。わからないよね。」と大手を振って言えるだろうか。言える人もいるかもしれないが、理系科目の「知らないよね。わからないよね。」よりも、多くないと思う。どちらかと言えば、知らないことを勉強不足と思うほうが多いのではないだろうか。
 私が一番最初にこのこと-わからないと大手を振って言ってしまえる-を感じたのは、311の地震後に、Ustreamで原発事故関係の記者会見を見ていた時だ。保安院だったか東電だったかは忘れたが、技術者の人が説明をしていたように思う。その記者会見である記者が「小学3年生にわかるように説明してください」と、怒ったような口調で言った。それを聞いて私はハア???と、逆に怒りを感じた。怒りの内容は色々あるのだが、一番は自分の勉強不足を棚に上げて、相手に「説明しろ」と迫った態度である。こんな発言が通ってしまうのは何かおかしい。日本の義務教育は中学校まであるし、今は大部分の人が高校に行く時代である。学校教育の目的の一つは、オカミの言うことを効率的に理解してもらう基礎を作ることのはずだ。なぜ小学校3年生にわかるように説明しなければいけないのか理解に苦しむ。
今こんなことを書くのは、「ヒッグス粒子のニュースを聞いてウキウキしちゃった!」と笑顔で言ったAちゃんについ最近会ったからだ。Aちゃんは大学で物理専攻の、今だったら「リケジョ」と言われるであろう人だ。「あのニュース見てウキウキする人ってやっぱり少ないのかなあ」などと言いながら、ニュースを見て気になった部分を調べたことや、そこから発展して現在の物理学について知ったことを楽しそうに語ってくれた。その時に二人で意見があったのが、今は、情報は色々あるけれど、情報が多すぎて逆に知識がないとその情報に到達できない。だから、やはり基礎知識の学習はとても重要だということ。そして、Aちゃんに今回の原発事故や原発のメカニズムを理解するために参考になる本を選んでもらって買って帰ってきた。
Aちゃんいわく「放射線量の測定もねえ。ああやって測ってみんながネットにアップしてって…」と何か疑問があるような様子。何が疑問なのか今はさっぱりわからないが、わかるかなと思えるぐらいになれるよう、Aちゃんに選んでもらった本で勉強するつもりだ。

2012年7月15日日曜日

電子教科書にもチェックペン

今月の初めのことになるが、東京国際ブックフェア、電子書籍フェアに行って来た。久しぶりに展示会を見ようかなと思ったのと、電子書籍を見たいなと思ったからだ。新しい楽天の電子書籍リーダーを触ってみたり、電子書籍関連の新たなサービスを見たり、色々面白いことはあったのだが、一番驚いたのが標題の件。
 東京書籍の教科書の電子版があったので、高校の英語教科書を見せていただいた。音声があるのはもちろん、練習問題も種類が豊富に思った。自分で教科書にマーカーをひくこともできるのだが、その色や質感も私好みだった。自分でメモを書く部分は、何か他のでも見たことがあるが、別途メモ帳に書くようになっていて、本文の全体の表示とはいっしょに見られない。保存の問題だそうだ。なんとなくわかるが、過去、ノートを書くより教科書に書き込みを好んでしていた身としては、惜しいなという感じがする。
 その場で説明をしてくださった方がこんなこともできますよ、と言って紹介されたことが2つ。その1つがチェックペン機能。自分でマーカーをした部分が黒く隠れるようになっている。生徒や先生から要望を聞いたところ、この機能の要望が一番多かったそうだ。このチェックペン、私の思い違いでなければ、私が中学生の時に発売が始まったような覚えがある。それまでは、同じようなことを自分で、蛍光ペンと色つきの透明下敷きでやっている友人もいた。チェックペンが発売され、定期試験になると次々と買う友人が現れた。当時、この方式には反対する人もいた。それまでは、テストの前になると、自分で単語カードを作ったり、まとめノートを作ったりしていたのが、チェックペンの登場で、安易に線を引くだけの勉強法になってしまったからだ。自分でまとめることが勉強になるのに…というのが反対派の主な主張。私も実は反対派の一人で、あまりチェックペンは使っていなかった。(高校になってあまり思いいれがない教科では使った気もするが)それが今となっては、先生からも電子書籍にいれてほしいと要望されるほどのものになったとは、なんか面白いなあという感じ。電子書籍ともなれば、暗記用に単語帳を作るなど、それこそチェックペンよりも簡単にできそうなのに、慣れているものは捨てがたいということなのか。とてもアナログな勉強法のような気がするが、いつまで続くのか興味がある。
 もう1つ紹介されたのが、本文と背景色を変える機能。うろ覚えで間違えているかもしれないが、実際の教科書は見やすいように紙が真っ白ではなくアイボリーになっている。電子教科書でも、背景を白、アイボリーで選択できる。また、教科書では、白地に黒文字だが、電子教科書では、黒地に白文字も選択できる。どちらが見やすいかは好みにもよるそうだが、色彩の感覚に障害がある場合や、そうでなくても、黒地に白文字のほうが見やすいと感じる確率のほうが多いそうだ。「じゃあ、教室でパワーポイントを見せる場合でも、黒地に白文字のほうが見やすいと感じる生徒が多いだろうということですか」と聞いたら、そうだとのこと。これからは黒地にしてみようかなと思った。
 これもまったく知らなかったことなのだが、今は、法律で教科書は買わなければいけない。(そう言えば、高校のときに体育か何かの教科書をどうせ使わないから買いたくないと駄々をこねたら先生にだめだと言われた記憶がある。)電子教科書は法律上で教科書と認められていないので、電子教科書はあくまでも副教材という位置づけ。(価格は6000円台だったような…)売れる売れないということではなく、将来的に電子教科書が正式に認められてからでは遅いので、今から開発しているとのことだった。まずは電子教科書実験校とかで使われるということなのだろう。

2012年5月23日水曜日

急ぎの仕事は一番忙しい人に頼むといい

日経Bizアカデミーの記事-「忙しい」という人は頭の回転が悪くなる-を読んで思い出したこと。
(途中まで書いてその後忘れていたので、ちょっと古いが…)

以前、仕事でご一緒した方から教わったことがある。それがタイトルの「急ぎの仕事は一番忙しい人に頼むといい」だ。その方も「~と言われているんですよ」と教えてくださったので、そんなの常識と思う人もいるだろう。私はそんなこと考えたこともなかったので、最初聞いたときはえ?と思ったが、説明を聞いて納得した。
本当に忙しい人は、あとになっても時間ができるわけではないから、「ちょっと後にしよう」というわけにはいかない。だから、今忙しい中でもなんとか時間を作り出して、その頼まれた仕事をする。途中で入ってきた仕事だから、それまであったスケジュールになるべく影響が出ないように、さっさと頼まれた仕事を片づけ、自分のそれまでの仕事に戻る。だから、早くその急ぎの仕事をしてくれるというわけだ。とても納得した。
私はその話を聞いて以来「忙しい」と口にするのをためらうようになった。急ぎの仕事をさっさと片付けなければならないほど忙しかったことなどなかったからだ。忙しいと思いながら、実は全く忙しくなかったことに、その時改めて気がついた。
「後回し」は時間の無駄だと、本当に思う。たとえ忙しくても、いや忙しかったらなおさら、後回しにしていいことなどない。これもよく言われていることだが、「後回し」にすると思い出すのに時間がかかり、余計に時間を取られる。今すぐできることは、今すぐ片付けよう。ま、そんな生活をすると息が詰まることもあるので、たまには後回しにしても、それを「忙しいから」とは言うまい。

2012年5月7日月曜日

ネットでの交流-歌の製作者と翻訳者

現代は、こうやって交流することがあるんだ…と思った学生の例。
 先日、前に教えていた学生からメールが来た。好きな日本の歌の歌詞の翻訳を作ったから見てほしいとのこと。そのメールには、翻訳の文章はついておらず、「見ますよ」と返事をしたら、再びメールが来た。 メールには、日本語の元の歌詞と翻訳の歌詞が掲載されている学生のブログのURL、元の歌のビデオがあるYouTubeのURL、それに、歌の作者とのやりとりが記録されたURLが書いてあった。
 正直、色々な意味でかなり驚いた。
 まず、全てURLで送られてきたことに、単純に驚いた。作者とのやりとりは、Plurk pasteというものを使って記録されていて、そのURLだった。Plurkは、台湾では多く使われているtwitterのようなものであるが、それに何か長めの文章のリンクを貼る用途としてあるらしい。こんなものの存在も知らなかった。メールにだらだら引用されるよりも見やすくていいなと思った。
 前に教えていた学生、というのは、先学期、第二外国語のクラスを受講していた学生で、そのクラスは動詞の「て形」から始まり、動詞の○○形を学習し始めるレベル。歌詞の翻訳をするには相当難しいと思うのだが、それに挑戦したということにもびっくり。また、その歌のビデオも見たが(ちなみにこちら→コノナカ)、なかなか難解である。メールには、色々な友だちの助けを借りたと書いてあったが、やってみようと思うところがすごいと思う。
 一番驚いたのが作者とのやりとり。何より、聞いてみようと思うところがびっくり。私に送られてきたのは、歌詞の解釈に関するところのみなので、どういう経緯で作者と連絡をとるようになったのかはわからないが、こういうことできちゃうんだなあ、と思った。以前、何か日本の学校の取組みで、著作権の問題をクリアするために、学生が直接本人と連絡を取りOKをもらった、というようなのを読んだことがあるが、それと似ている。
 歌詞の解釈に関するやり取りだが、言葉の意味を説明するというのは、かなり高度な技術だと思う。それを、日本語と英語を交えて、相手に伝え、返事をもらっている。私が読んだところ、言い方に間違いなどはあるにはあるが、充分言いたいことはわかる内容だった。作者の側も英語を交え、わかりやすい解説だった。
 面白いと思ったのが、学生が作者への質問の最後に「お順調に」という挨拶を書いていたこと。そしてそれを相手も同じように使って返していたこと。「お順調に」は、中国語の翻訳的な感じがするが、なんとなく、言いたいことはわかるし、響き的にもいいな、と思う。作者もそう思って使ったのかどうかはわからないが、最後に「お順調に」と書かれていた。こうやって新しい表現が使われていくのも面白い。

2012年4月27日金曜日

インカ帝国とプロメテウスの罠

タイトルの2つは、今月初めに日本へ行った時に出会ったもの。「インカ帝国」は、国立博物館での「インカ帝国展」。「プロメテウスの罠」は、朝日新聞の連載が書籍化されたものだ。この全く関係のない2つなのだが、私は、この2つを見て、「時代は変わらないんだなあ」とつくづく感じた。(そんなこと当たり前、今さら何言ってるの、と思う人もいると思うが。)2つについての感想。
 まず、インカ帝国展。恥ずかしながら、私はインカ帝国についてほとんど知らず「かつて栄えた黄金ザクザクの夢の国」ぐらいにしか思っていなかった。友人にそのことを話したら「へ?」という顔をされたので、なぜそんな風に思っていたのか考えたところ、たぶん原因は山本鈴美香のマンガ「7つのエルドラド」。その中に、インカ帝国の黄金に通じるなんたら…みたいなのがあって、そのイメージをずっと持ち続けていたようだ。インカ帝国展を見たら、なんのことはない、スペインに征服されるまでは、インカ帝国が他の領地を征服しながら大きくなっていったのだ。その地域にある資源がほしいからそこを征服し、征服するとそこの住民を労働力として他の場所に配置し、物資の輸送をするために道を整備し…、なんて、どこぞで見たような話だ。さらに、スペインに征服されてからも、インカ帝国時代の王様たちは、一般住民と比べていい待遇を受け…なんというのも、なんか他でもあったような話。
 そして「プロメテウスの罠」。本の副題は「明かされなかった福島原発事故の真実」。読んだ最初の印象は「これは、本当に現代のことなのか」だった。第一章「防護服の男」は、放射線量が高いにもかかわらず、口止めされて住民に知らされなかった、というものだ。ガスマスクをつけた「白い防護服の男」が二人来て「放射性物質が拡散しているから危ないから逃げてくれ」という。しかし、政府からは 「直ちに影響を及ぼすものではない」的な発言が繰り返される。住民はどうしたらいいか戸惑う。その他にも、放射線量が高いのを知っていたが言えなかった、という話を後になって聞かされた、という話が出てくる。その後の章にも、放射線量を測るだけ測って住民には何も知らせない、知らせろと言っても教えられないと言われるという話がある。
 これを書きながら思い出したことが一つある。震災直後のAERAの表紙が騒ぎになった件だ。結構話題になったので私もネットで見たのだと思うが、防護服に防毒マスクをつけた人の顔がアップになったものだった。あの時、「恐怖心を煽るのはよくない」とか、「そこまでして売りたいか」のような批判が多かったが、あれはあれで報道としてはよかったのではないかと「プロメテウスの罠」を読んだ後では思う。たぶんあの時、あれを見てショックを受けるぐらいのことが実際に起こっていたようなのだから。
 一般的に「政府を信用しています」という人は少ないとは思うが、本の中にもあった「本当に危険なら町や警察から連絡があるはずだ。様子をみよう」ぐらいの気持ちは私にもあった。政府がやることなんて嘘もあるだろうとは思っているが、でも、ある程度信用している部分はある。それが、「こういうことも知らされないのか」というのはかなりの衝撃だった。甘いと言われればそうかも知れないが、私はそうだった。
 第二次世界大戦中、悪いことは報道されなかった、というのは、よく聞く話だ。そうなんだと思う。軍や政府関係者は、日本が敗戦することはわかっていて、それとなく家族に伝えていた、なんてことも聞く。そして、それを聞きながら、「昔の日本の態勢はそうなんだ。戦時中の人は気の毒だ。みんなが勝つと信じこまされていて」と思っていた。何のことはない、同じではないか。
 基本的に「国」がやることは変わらないのだ。歴史を学ぶのは今の「国」が何をしているかを知るためなのかもしれない。


2012年4月7日土曜日

WWOF(ウーフ)

2月に卒業生のAさんさんからメールをもらった。「wwoofってどう思いますか?」と書かれていたのだが、「wwoof」がなんだかもわからなかったので、どう思うかも答えようがない。その時はそんなものがあるのか…と思ってそのままにしていたら、1か月後、Aさんから「wwoofで、日本へ行ってきます!」というメールをもらった。3月の終わりから3ヶ月の予定で日本に滞在している。先週、数日日本に帰ったので、Aさんに会ってきた。
 wwoofは、日本ではあまり知られていないようだが(Aさんいわく、「日本の友だちに話したら誰も知らなかった」)、台湾では結構流行っているらしい。wwoofジャパンの説明には「『食事・宿泊場所』と『力』を交換するしくみです」と書いてある。要は、働く代わりに、ただで宿泊させてもらい、食事も提供してもらうということらしい。Aさんの滞在先には、Aさんの他に2人のウーファー(wwoofの制度で働いている人)がいる。1人はドイツ人で、もう1人は台湾人。Aさんは観光ビザで滞在しているが、ワーキングホリデービザで滞在する人や、国によっては、その他にも滞在できるビザがあるらしい。
 Aさんと同じところで働いているウーファーの2人はどちらも20代。Aさんは日本語ができるが、他の2人は日本語はできないので、ホストとは英語でコミュニケーションをとっている。
「先生、日本に来たのに英語を話しているほうが多いんだ。」
と、語学留学した人と同じような思いをしている。Aさんは英語が苦手でホストとも日本語。ホストは3人への指示を最初英語で話し、その後Aさん向けにもう一度日本語で話してくれる。ドイツ人のウーファーは1年間の滞在予定で、もうすでに結構長く日本に滞在している。そのドイツ人が話す、日本観やアジア観が面白いと言っていた。
 日本で日本人がウーファーになることもあるらしい。今話題の大学秋入学が始まり、高校卒業と大学入学の間にこの制度を利用する、というのも面白いかも、と思った。
 Aさんからはいろいろ面白い話を聞けた。詳細は次回。

2011年12月18日日曜日

グーグルピンイン入力-「中英切替」と「読点入力」-

 何を触ってしまったのかわからないが、言語バーの「中」のところが「A」になったままで、押しても押しても「中」にならない。「A」は英文字入力なので、このままでは中国語入力ができない。あっちこっちさわっても、どうにもならず、結果、アンインストール、再インストール。それでもだめ。今度は、「自分の設定を残す」のチェックをはずし、もう一度アンインストール。再インストール。…………。これを3回繰り返し、はたと思いついた。もしかしてCapsLock?ピンポーン!何かの拍子にCapsLockキーを押してしまったようで、CapsLockを解除したら、無事に「中」が表示され、中国語入力ができるようになった。(今思えば、「中」のところをクリックして英文字入力した場合は「英」と表示される。「A」となった時点で、CapsLockが原因だったということか??)
 時間のかかったわりにあっけない解決であったが、途中あれこれグーグルピンイン入力をいろいろいじっている間に、わかったことがあった。
 
 普段、便利に使っているグーグルピンイン入力であるが、一つだけ不便に感じていることがあった。それは、少し前にブログにも書いたが(メールの書き方-たかが:、されど:-[中国語レッスン])「、」の入力ができないこと。中国語は「、」と「,」の二つの読点があって、これを使い分けている。普段はそんなに使うことはなく、一つですんでしまうのだが、それでもたまに使いたい状況が出てくる。

 さて、私が見つけたのは、この「、」を打つ方法。言語バーの一番右にある丸型の記号をクリックするといろいろ選ぶことができる。その中から「軟鍵盤」を選ぶと、これまた選択肢がいろいろ出てくる。どれかを押すと、キーボードが表示され、読点やら記号やら入力できる文字が出てくる。「、」を入力するためには、「標點符號」(簡体字表示なので私には少し読みづらかったが)を選ぶと、その中にある。そう言えば括弧も( )「 」以外は入力できないなあと思っていたが、それもこれで解決。
 
 その後、もう一つ。日本語入力だと、括弧は「かっこ」と入れると括弧の種類が表示されて便利だ。もしかしてと思って、ピンイン入力で「點」と入力したら、「丶」が出てきた!しかし、これが、微妙に違うように見える。フォントを大きくしてみると、やはり、微妙に違う。うーん、これはなんだろう??とりあえず、今後は、「軟鍵盤」で読点を入力することにする。

 私は台湾の注音は読めるが書けるほど覚えていなかったので、グーグルピンイン入力に出会うまでは、中国語入力にかなり苦労していた。うろ覚えの注音を使う、日本語で入力する、中国語のホームページから単語をコピーする、とにかくどれをとっても面倒なことこの上ない。そんな状態でも学生とMSNでチャットしていたこともあったのだから、今考えれば驚きだ。グーグルピンイン入力は私の中国語の世界を広げてくれた、というのは言い過ぎかもしれないが、そう言いたいぐらい影響があった。中国語入力が楽になり、まずネット検索をよくするようになった。メールも書くようになり、プリントに中国語を入力することも多くなった。
 よくここまで来たもんだな…と思った今日であった。

2011年12月9日金曜日

台湾の高校の第二外国語教育のニュースから

@AIBYCHANのツイートから知ったニュース。以下が記事。

高中第二外語 日文最夯

  • 2011-12-07
  •  
  • 【中央社】
     教育部今天表示,100學年度第1學期高中開設第二外語課程,總計233所高中開設1585班,共有5萬4658名學生修讀第二外語課程,其中以日文最多,其次是法文。
     教育部持續補助高中開設第二外語課程,100學年度第1學期高中開設第二外語課程有233所高中、1585班,語種包含日語、法語、德語、西語、韓語、拉丁語、義大利語、俄語、越南語及印尼語,開設學校數較99學年度第1學期增加8校、班級數增加257班,人數增加8104人。
     教育部統計,學生修習第二外語以日文人數最多,有將近3萬8000人,初步分析原因是台灣與日本地理位置相近,還有許多多媒體素材是日文所致。
     教育部表示,學習第二外語能增加競爭優勢,未來教育部將持續加強辦理第二外語課程,並鼓勵學校開設更多語種的第二外語課程,以培育更多優質的第二外語人才。1001207
教育部(文部省)の発表によると、今学年度の第一学期に第二外国語を実施した高校は233校、1585クラス、全部で5万4658人が履修した。昨年度の第一学期に比べ、学校数では8校、257クラス、人数では8104人の増加。
外国語の種類は、日本語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、韓国語、ラテン語、イタリア語、ロシア語、ベトナム語、インドネシア語がある。最も履修人数が多いのが日本語で3万8000人、台湾と日本が地理的に近いこと、各種メディアで日本語のものが多いことがその原因であると分析している。
 この日本語の履修者が多いことの分析だが、ここで言われていることはまあよく言われることで、ちょっと「そうかなあ」と思わないこともない。記事の中では、日本語についで多いのがフランス語だとあるので、たぶん、並んでいる外国語は履修者が多い順になっているのだと思う。それを見ると、韓国のほうが地理的にも近いしメディアでの接触する機会も多いと思うのに、ドイツ語、スペイン語よりも下になっている。私が思う日本語が多いという理由は、今まで日本語が多かったからそれを継続していること、日本語を教える人材なら簡単に見つけられること、だと思う。
 実際、以前の勤務校で、大学評価(評鑑)の際に「日本語以外にも第二外国語科目を設置して、学生の選択肢を増やすように」と言われたが、実際に、じゃあ、どうやって教員を確保するかというと、これが難しい。都会ならば、選択肢もあるのかも知れないが、そうでなければ外国語を教えられる人などそう見つかるものでもない。高校の教員の任用がどうなっているかは知らないが、大学の場合、大学で教えられる学歴を持ち、なおかつ、平日の昼間にちょっとだけ来てくれるという人、と考えればそうそういないことがわかるだろう。実際、ドイツ語が一般教養科目で選択できた時もあるのだが、私が見ていた限りでは、ある一時期だけだった。先の大学評価のコメントを受けて話していて候補にあがったのは、同じ県内の大学にいる教員に来てもらうということ。開設できる科目は、教員が確保できる科目、ということだ。世の中がどうのとか、学生の学習には何がいいかとかの問題ではない、というか、そういう問題にできない。
 高校のことはよく知らないが、でも、似たような問題はあるのではないかと思う。第二外国語だけを教えて授業数が確保されることはそうそうないと思うので、複数校かけもち、という状況になるのではないだろうか。或いは、近くの大学で教えている教員に来てもらうこともあるだろう。とにかく、何を科目にするか、は実際問題の解決が必要なのだ。

 以前読んだ「外国語教育のリ・デザイン」で、それはそうだ、と思った部分。
Candelier,M.&G. Hermann-Brennecke(1993)が指摘しているように、学習言語の選択は情報の有無で大きく変わる。たしかに何も情報のない環境で「入学後はどの外国語を学びますか」と聞かれたら、「マレー・インドネシア語をやりたい」と答える若者は、ふつうのいまの日本の高校生の中にはいないだろう。(中略)したがって何も情報を与えずに学習言語の選択を迫るのは、社会に存在している各言語に対するステレオタイプのイメージを助長する以外のなにものでもない。確かにそのほうが事務的には新学期の準備が楽であろう。しかし未来に羽ばたいていく若者の教育現場である大学では、規成の観念を打ち壊し、新しい価値を生み出していくことこそが使命のはずである。

 今日の記事を読んで思ったのは、もう少し、理念とか思想がほしいなということ。それがないと「第二外国語をしないと」「何ならできる?」という流れになってしまいがちだ。

 最後にもう一つ。「優質的第二外語人才」ってどんな人のことをイメージしているんだろう?

    

2011年10月28日金曜日

羽田国際空港のサービス―気配り―

以前、羽田空港で、「ああ、日本に帰ってきたなあ」と思う出来事があった。今日の日経ビジネスオンラインの記事「新しい海外への玄関口:羽田旅客ターミナルのサービスの裏側」を読んで、記事の内容とは直接は関係ないのだが、その時のことを思い出した。

私が「日本に帰ってきたな」と思ったのは、いわゆる「気配り」のサービスを受けたことである。

帰国して羽田に着いてからのこと。

①スーツケースの受取りで
ぐるぐる回っているところからスーツケースを取ったときのこと。私は一応自分のスーツケースかどうか、タグを見て確認することにしている。チェックインの時につけられるタグに名前が書かれているので、確認しようと思ったが、名前が書いてあるところが見当たらない。タグの白い紙をあれこれ見て、たぶん???という表情をしていたのだろう、
「ご協力ありがとうございます。お分かりでしょうか?」
何といったか正確には覚えていないのだが、こんな風に声をかけられた。ちょうどその時、名前が書いてあるところが見つかった。
その時は、これだけで声をかけられるんだ、と、ちょっとびっくりした。

②京急の改札口で
改札口はSUICAで入ったのだが、残金が残り少ないことに気づいた。改札のすぐ横に精算機があり、電車が来るまでに時間があるので、そこでチャージをしようと思って近づいた。見てみると、SUICAがチャージできないように見えたので、カードを手にしたままホームへ行こうとすると、
「SUICAのチャージですか?できますよ。」と声をかけられた。
改札のところに駅員さんが立っていた。
再び精算機に戻り、チャージ完了。

この二つが立て続けに起こった。びっくりというか感心した。
どちらも、私の動きを見て、何をしたいのかを理解した。そして、そこで必要な手助けをしようとしてくれた。

日本だから当たり前だと思うかも知れないが、そうでもない。
実際、某携帯電話会社では、そのあまりの応対に唖然としたことがある。
電話機を買いに行ったのだが(それも、古い携帯だと今後使えなくなるので早急に買い換えるようにというメッセージが頻繁に携帯会社から送られてきたから買いに行った)、
店員「こちらには在庫がありません。」以上。
私「どちらの店に行けばありますか。」
店員「それは店ごとに管理していますからこちらではわかりません。」以上。
私「じゃあ、この近くに他の店はありますか。」
店員「二店あります。」以上。
私「それはどこにありますか。」
……
という会話が交わされた。
(途中から不快感が顔に出ていたかもしれないが、一応大人なので、丁寧に応対しようと心がけた。)

その後、その店員のどこに腹を立てたのか、考えた。その店員は、私のその質問に直接答えていただけだ。私が腹を立てないようにするには、私が何をしたくてその質問をし次にどういう行動をしようとするかを考えて答えることだ。

実はこの「気配り」という言葉、学生たちに説明するのが厄介な言葉だ。なのに、何かを読むと、よく出てくるし、「気配り」という意味がわからないと全体の意味がつかめないことも多い。いつもどうやって説明しようかと頭を悩ませていたのだが、「気配り」のない応対を受けて「気配り」が感覚ではなく理解できた気がした。

「気配り」は心ではない。頭だと思う。

2011年10月18日火曜日

英語が役に立った(?)―3gaからMP3へのファイル変換―

元々、「役に立つ」とか「実用的」という言い方は好きではないが、昨晩、実感したこと。

スマートフォンで録音した音声ファイルを人に渡したかったが、ファイルを見ると3ga。これをMP3などに変換しなければいけない。ネットでフリーの変換ソフトをさがしたが、見つからない。音声系のフリーソフトは以前もさがしたことがあって、日本語でさがしていると見つからないが、英語でさがすと見つかることもある。今回も、検索ワードを英語にして検索、ほどなく見つかった。3gaの変換ソフトではなく、3gp→MP3の変換ソフトだったのだが、先にファイルの拡張子を3gaから3gpに変えておけばよいとのこと。すぐできて、問題解決。

ちなみに参照したページはここ
ダウンロードした変換ソフトは、3GP to MP3 Converter

実際、こんな検索は「英語」というほどのものではなく、3gaとかMP3とかはそのまま、後はカタカナ語を英語の単語に置き換えればできてしまう。あとは、少しだけ忍耐力を持って読めばいいだけのことだ。

思ったのは、「英語ができると世界が広がりますよ」「日本語のものだけ読んでいても狭い世界のことですよ」と言われても、私なんかが原文にあたって読むより、どなたかが翻訳してくれたものを読む方が、時間的に節約になったり、さらには内容の理解も深まったりする。だから、なんとなく「おっしゃることはわかりますが、でもね…」という気持ちがなくはなかった。

でも、こうやって目の前の問題を解決してくれると、「ああ、役に立った」と実感できる。
実際、他の仕事をしたかったのに、日本語ページをあれこれ検索し、使えないソフトを1つダウンロードしてしまい…などしてかかった時間は1時間弱。その後、英語に切り替えて数分で解決してしまったのだから、この差は大きい。

些細なことだけれど、こういう実感ももしかして大切なのかもと思った。

2011年9月26日月曜日

「ジーパン」は古い!

 聴解教材を大学院生たちと作っている時のこと。
以前録音した会話で「ジーパン」と言っている人がいたのだが、大学院生に言わせると
「大学生なのにジーパンなんて変」と言う。
ジーパンという言い方は古く、おじさんかおばさんのようだ、というのだ。
以前録音したその会話では一人が「ジーパン」一人が「ジーンズ」と言っていて、現実を反映しているようだった。

私個人の語感では、「どっちかな?台湾の学生にはどっちがわかりやすいのだろう?」と思うぐらいで、どちらが古いという感覚はなかった。

そういえば、こないだ別の大学の台湾の学生に聞いたところでは、みんな「ジーンズ」だと言っていた。さすが、学生は「きちんと」新しいほうの言い方を習得している。

その前に、別の学生から、私の語彙では「オーバーオール」を日本語では何と言うか聞かれた。学生には「私の知っている単語では『オーバーオール』と言います。『オーバーオール』と言えば相手にわかります。でも、洋服の言葉はよく変わるので、今は何というかわかりません。『オーバーオール』と言ったら、なんかおばさんみたい、と思われるかも知れません」と答えておいた。

今日、大学院生に「オーバーオールって、今はなんて言うの?」と聞いたら、答えの単語は全く聞き覚えのないもので、「サロンパス?」か「パンパース?」と聞こえてしまうような単語だった。
ちなみに、ネットで調べたところ「サロペット」「ロンパース」のようだ。
ロンパースは、ベビー服について多く使われているようだが、よくわからない。
院生いわく「サロペットって思っていたんですけど、その言い方も古いかも」とのこと。

どちらにしても、私が学生に話したことは正しかったようだ。

……ついていけない。

2011年9月10日土曜日

電子書籍を買えないわけ

スマートフォンを買った理由の一つが「電子書籍を使ってみたい」だった。電子書籍を体験したいということが一つ。また、家の中に本がかなりあり、引越しの時はそれは大変だった。
GALAXY S IIを選んだのも、電子書籍を読むのに、画面が大きめのほうがいいだろうと思ったことが理由の一つだった。
そしてスマートフォンを買った。でも、まだ電子書籍を買えないでいる。
わけは、いろいろ考えて、電子書籍は不便だなと思うからだ。

私はよく人と本を貸し借りする。専門書を同僚の先生や学生に貸したり、面白い本を学生や姉や友だちにすすめたりする。電子書籍になるとそれができない。そうすると、貸し借りする可能性があるような本は、普通の本を買うことになる。
本をある部分コピーして授業で使うことがある。電子書籍はコピーができない。そうすると、これいつか使えるかも、と思う本は普通の本を買う。
英語多読の本を電子書籍で買おうかと考えた。これは他の人と共有する可能性はない。辞書で何かを調べようとするのも電子書籍のほうが便利かもしれない。しかし、私が読むのは台湾でも売っている一般的な本なので、台湾で普通に本を買ったほうが安い。本にもよるが、例えば英語多読ではまったSophie Kinsellaの本。台湾でよく使うネットでの価格は221元。Amazon.comのKindle Storeでは8.39ドル。221元を米ドルに換算すると7.56ドルなので、台湾のほうが安いのだ。
人と絶対共有しないであろう本を電子書籍で買おうかと考えた。角川の新書なので電子書籍があるかと思ったがなかった。

話は少しそれるが、角川の新書の電子版をさがしている時に紀伊国屋のサイトを見たのだが、海外在住の場合は買えないと書いてあった。買いたい物があるわけではないのだが、なぜ????と思った。以前、雑誌の電子版で海外のみ配信というニュースを読んだことがあるが、雑誌がOKならば本も基本的にOKなのではないかと思うが、理由がよくわからない。

いくつかフリーでダウンロードできる洋書をスマートフォンにいれてみた。でも、別段どうということもなく、わくわくすることもなかった。(お金を払わないものに期待していはいけない。)

うーん。どんなことがあれば、電子書籍を買う気になるのか…。